【無料公開】零下20℃の放牧地。2017年2月号「中洞生きもの学校」バックナンバー

食べる通信の過去の特集号を一部ご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。今回は、2017年2月に東北食べる通信が発行した「なかほら牧場」特集号をお届けします。

「冬には零下20℃にもなる北上山地で、放牧地で牛が自由にあるき回っている牧場がある。」

その情報が東北食べる通信編集部にもたらされたのは2015年。片道4時間の牧場までの取材を1年以上繰り返し、本号は完成しました。夜明け前からジープで山を駆け巡り、山野を開墾する中洞正(ただし)牧場長の生活、そしてその哲学。圧倒的なスケールがそこにはありました。1970年に31万戸いた酪農家は、2018年には1万6千戸まで激減。苦境にある酪農業の未来へのヒントを求めて取材・制作された号です。

当時の編集長高橋博之が気合をこめて書いた特集記事7,428文字を、無償公開します。

最後まで、ぜひお読みいただければと思います。

その2   その3   その4


東北食べる通信 2017年2月号 

特集:「中洞生きもの学校」

文:高橋博之

中洞牧場はスケールが大きい。野球場のグラウンド80個分に相当する80ヘクタールの山林に約80頭の乳牛を放し飼いしている。厳しい冬も例外ではない。標高700〜850メートルの北上山地はときに零下20℃を下回ることもある。それでも牛たちは昼夜問わず、大自然の中でたくましく暮らしている。1月下旬、ときおり雲間から顔を出す太陽が白銀の世界をキラキラ照らす中、牛たちは吹きすさぶ寒風から逃れるように身を寄せ合っていた。

雪上をのそのそと歩く牛を背後から眺めると、あることに気づく。牛の形が丸いのだ。私はかつて、岩手県内のあるメガファームで2週間、研修生として敷地内にある小屋に寝泊まりしながら、約500頭の牛の世話の手伝いをしたことがある。搾乳の時間が近づくと、巨大な牛舎で休む牛たちを背後から搾乳専用施設に移動するように追い立てるのだが、例外なく牛の形は縦長の楕円形だった。ところが、中洞牧場の牛はどれも丸いのである。

中洞正さん(当時64歳)は「これが正しい牛の形なんだよ」と教えてくれた。牛は本来、草を主食とする草食動物だ。牛には4つの胃袋があるが、植物の繊維を分解する微生物が生息しているのが横っ腹にある第1胃で、草を食べて育つ牛はこの部分が大きくなる。だから、体が丸くなるというわけだ。一方、一般的な牛舎で育てる牛は、穀物などの高カロリーの輸入濃厚飼料を餌として与えられるので、第1胃が発達せずに、丸くならない。丸と楕円の違いは、中洞酪農と近代酪農の違いを如実に物語っている。その違いは形以上に大きいことを、取材を進める中で思い知らされることになる。

牛で山林を開墾

中洞さんの朝は早い。2016年5月の大型連休、研修生たちもまだ深い眠りの中にある早朝4時過ぎ、パソコンのメールを一通り確認した中洞さんはトレードマークの黄色いジープに乗って動き出した。「日が昇ったら起きて、日が沈んだら寝る。昔の人はみんなそうやって生きていた。だから電気もいらなかっただろ。今は夜中ずっと電気つける生活してるから原発も必要になる」。ジープで向かった先は、今、牛たちを放っている山林の対面にある荒れ果てた山林だった。50ヘクタールの山林を新たに開墾して整備し、ここでも牛を新たに育てるという。そうなれば合わせて130ヘクタールとなる。

50ヘクタールの山林を開墾する。こんな途方もない面積の荒れ果てた山林を誰が開墾するのか。業者に頼んだら莫大な費用がかかるだろうし、牧場のスタッフや研修生は牛には慣れているとは言っても、山林整備はまったくの素人だ。中洞さんに尋ねると「牛がやるんだよ」と答えた。牛が開墾する?にわかにはその意味がわからなかった。鬱蒼と草木が生い茂る山林に、建設重機のパワーショベルで道をつくるのだという。中洞さんが自らその雑木林を切り開いた道とも言えぬ道をジープで駆け上がっていくと、どん詰まりにそのパワーショベルがあった。ジープからパワーショベルに乗り換えると、ショベルを上下左右巧みに操りながら太い木をなぎ倒し、前進しながら道をつくっていくのだった。

 

こうして山林の中に迷路のような道が張り巡らされていく。設計図は中洞さんの頭の中にしかない。私も鉈(なた)を渡され、中洞さんと離れたところで枝の刈り払いの真似事をさせてもらったが、雑木林の中はどこも似たような景色で、自分がどこを歩いているのかすぐわからなくなった。山林を走り回れる道がある程度整うと、最後に周辺を巡らせるようにして電柵を張る。そこに藪を開墾する牛を放つ。

秋、その藪の中に放たれた牛を見に行った。人が歩くのもままならない藪の中を牛たちが歩き周り、辺り一帯の植物をむしゃむしゃ食べていた。あたかも家畜の牛が野生化しているようで、異様な光景だった。牛たちは木の葉や木の実、笹、野草など、食べられるものはなんでも食べ、やがて食べ尽くすという。こうして藪の中の植物が食べ尽くされると、日差しが地面に注がれるようになり、やがて野シバが生い茂るようになる。荒れ放題だった山林は美しい草原となり、牛たちが穏やかに暮らす場となる。野シバの若芽は牛の大好物だ。自分が好んで食べる野シバを育む土壌を肥やすのもまた、自分が排泄する糞尿なのであった。

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東北食べる通信

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