【無料公開】零下20℃の放牧地。2017年2月号「中洞生きもの学校」バックナンバー その4

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「これからの酪農はちゃんと自分の価値を自分で発信できるようにならないとダメだ。だから読む力も、書く力も、話す力も磨かないといけない」。中洞さんのこの言葉にはこれまでの経験に基づく裏付けがある。中洞さん自身、実際に中洞牧場の価値を自ら世に発信し、中洞ブランドを確立してきたのである。新聞は3紙購読し、関連記事を切り抜きスクラップもしている。新聞への投書記事も書くし、書籍も3冊出した。メディアの取材も嫌な顔ひとつせず引き受け、各地で講演も積極的にこなしてきた。

人間をつくる牧場

中洞さんは飲むほどに上機嫌になり、多弁になる。しかし、そんな中洞さんが押し黙る場面があった。えく子さんが話に割り込んできたときである。奥さんにはどうにも頭が上がらないようだ。結婚するとき、中洞さんには7千万円の借金があった。「ごはんつくる人がいないと言われて嫁いだのに酪農の手伝いさせられた」と、えく子さんは茶目っ気たっぷりに笑う。長らく貧乏生活が続いた。紙おむつを買うお金ももったいなくて、4人の子どもはすべて布オムツをはかせ、牛舎の隅で育てた。4人目の子どもの出産のときは、中洞さんの搾乳が終わるのを待ってから病院に向かったが、移動中の車で赤ちゃんの頭が出てきた。「もう半分出てるのにお産料は普通にとられた」と、えく子さんは過去のアクシデントを笑い飛ばす。

「お父さんが好きなことやってるから、子どもたちにも好きなことやれと言ってきた」と言う通り、子どもはみんな東京など大都会の会社に就職した。えく子さんは自分たちの子どもがいなくなったから、逆に中洞牧場の若者たちを子どもと思えるようになったという。だから、教えられることは教え、ときにうるさく言うこともある。そして、牧場を巣立つ若者には、猫のヘラを餞別に渡すようにしている。そうすることで、ご飯を盛るときにときどき中洞牧場での教えを思い出してもらいたい。そうして山地酪農を広げてくれるならこんなにいいことはないと思う。先月、卒業生同士の結婚式に出席するため、夫婦で広島に行ってきた。「岩手のお父さん」と言われて、中洞さんは泣かされた。

一次産業は食べものだけでなく人間も育てる。中洞さんの信条だ。「こんな山の中でも生きていけるんだぞ」と若者たちに伝えたい。そうすれば、どこでも生きていける自信がつくだろう。「人間も自然界の一部に過ぎず、命ある生きものなんだぞ」ということも肌で体感してもらいたい。そうなれば、自然に近い田舎の方がむしろ人間らしい生活ができると気づくだろう。まともな人間をつくらないと、まともな国にならない。国の教育がやらないなら俺がやるという気概が中洞さんにはある。牛を育てる中洞牧場のもうひとつの顔は、人間を育てる中洞学校なのであった。


東北食べる通信2017年2月号
2017年2月23日発行
文:高橋博之
デザイン・写真:玉利康延
現地コーディネート・写真:加藤翼

 

高橋博之 
プロフィール
1974年岩手県花巻市生まれ。岩手県議会議員を2期務め、その後、事業家へ転身。“世なおしは、食なおし。”のコンセプトのもと、2013年にNPO法人東北開墾を立上げ『東北食べる通信』を創刊。2019年3月まで編集長をつとめる。一般社団日本食べる通信リーグ代表。株式会社ポケットマルシェ代表取締役。

 


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〒025-0096 岩手県花巻市藤沢町446-2
TEL:0198-33-0971
代表者:高橋博之
運営責任者:岡本敏男

連絡先:info@taberu.me

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