東北食べる通信
編集部が東北中を駆け回って惚れ込んだ、農家さん・漁師さんの物語をお届けします。茎付きのサトイモ、殻付きの牡蠣…一緒に届ける食べ物もなるべく自然に近い状態にしています。ぜひ家庭で畑や海の香りを楽しんでください。
運営者情報
株式会社ポケットマルシェ
〒025-0096 岩手県花巻市藤沢町446-2
TEL:0198-33-0971
代表者:高橋博之
運営責任者:岡本敏男
連絡先:info@taberu.me
1987年までは、自然放牧で酪農を営むことは、それほど珍しい光景ではないかった。しかしこの年以降、状況は一変する。牛乳の原料となる生乳を農協に出荷する際の取引基準が「乳脂肪率3.5%以上」と改訂されたのが、日本の酪農の大きな転換点となった。この基準を満たさない生乳は半値で買取られることになり、自然放牧は事実上、退場を余儀なくされる。というのも、自然放牧で育つ牛は春から夏にかけて青草をたくさん食べるころ、乳脂肪率が3.5%を下回ることが多く、その基準をクリアするためには輸入濃厚飼料を食べさせるしかなかったのだ。
すでに戦後の高度経済成長期には、濃厚飼料を与えて牛舎飼いする近代酪農のスタイルが広がっていた。濃厚飼料の多くは米国からの輸入に頼らざるを得ず、余剰穀物の大量消費地として日本に矛先が向けられたんだろうと中洞さんは推測する。そこに追い打ちをかけたのが、1987年の基準改訂だった。濃厚飼料の購入先は農協と大手乳製品メーカーに関連する飼料会社であり、その利権構造に酪農業界が否応なしに飲み込まれていったと考えている。中洞さんはその流れに抗った。様々な圧力を受けながらも“自然の中で健康に育った牛のミルク”を看板に隣町の宮古町に通い、個人宅に営業をかけ、宅配の販路を開拓していった。中洞牧場の牛乳ファンはこうして少しずつ足元で広がっていった。
中洞さんは近代酪農を続けている限り、日本の酪農に未来はないと断言する。現在、日本の酪農はそのほとんどが牛舎飼いをしている。一部でも放牧を取り入れている酪農家は全体のわずかに過ぎず、中洞牧場のような通年昼夜自然放牧となると全国でも数戸しかいない。中洞さんはこの近代酪農をオセロのように山地酪農で塗り替え、未来に日本の酪農を残すことを志として掲げる。その旗手として期待をかけるのが、若者たちだ。中洞さんの志の元に全国各地から20代を中心とする若者が集まり、寝食を共にしながら山地酪農を学び、数年すると各地に飛び、山地酪農を独自に始めている。中洞さんは「おまえたちは日本の酪農を変える志士だ」と、発破をかけている。
中洞牧場の若いスタッフや研修生たちは朝夕と1日に2度、搾乳のために広大な山から牛を降ろす「牛追い」を数人がかりでやる。80ヘクタールもある面積の山からすべての牛を見つけて降ろすのは容易ではない。研修棟の目の前にそびえる急勾配の斜面を、息を切らしながら登り切ると視界が一気に開ける。そこには、牛たちがのんびり暮らす野シバの草原が遠くまで広がる。若者たちは斜面を登ったり、下ったり、沢を飛び越えたりしながら、群れから離れた牛を目で探す。米粒大にしか見えないくらい遠くの斜面にいる牛を見つけた若者は「もう、あいつあんなところまで行ってるよ」とひとりごち、迎えにいくのであった。牛に下山を促すため、あちこちから「こー(来ーい)、こーこー!」と、若者たちが張り上げる声がこだまする。
体力勝負の現場であるにも関わらず、中洞牧場には朝ごはんがない。中洞さんが山の中で汗を流している早朝5時半過ぎ、若いスタッフや研修生たちがもぞもぞと起き出し、それぞれの現場に向かう。そして午前10時半過ぎ、仕事がひと段落した人間から研修棟に戻り、ここでようやくごはんにありつける。若者たちは当番制で食事をつくる。「朝から目一杯体を動かしているから、腹が減らないはずがない」と中洞さん。若い女性スタッフもどんぶり飯をペロリと平らげていた。飽食の時代にあって、中洞牧場の1日2食制は、生きるリアリティを再生させているようだった。
中洞さんは一日の始動が早い分、仕事を終えるのも早い。日暮れ前の夕刻には山から戻り、すぐに風呂に向かう。「まず風呂にでも入って一杯やりましょう」と勧められるままに一緒に湯船につかる。男らしい分厚い背中だった。風呂から上がると、細長いダイニングテーブルの一番端に座り、火照った体に冷えた発泡酒を流し込む。お客さんがいれば同席させ、発泡酒を注ぎ交わしながら四方山話に花を咲かす。そこに、妻のえく子さん(63)が手料理を運んでくる。酔いが回り始めると、お客さんが手土産に持ってきたお酒の口が開けられ、中洞さんの天下国家論が始まる。ダイニングルームの壁際には、色とりどりの日本酒の空き瓶がズラリと並んでいた。
そこにぽつりぽつりと仕事を終えた若者たちがやってきて、テーブルに加わる。大人たちの酒飲み話を耳にしながら、夕飯を黙々とかきこむ。本当にここの若者たちの食べっぷりは、見ていて気持ちいいほどだ。お客さんが複数いるときは、中洞さんが促して若者たちの自己紹介タイムになることもある。自分の考えを自分の言葉で他人に伝える訓練の場にもなっているようだった。
編集部が東北中を駆け回って惚れ込んだ、農家さん・漁師さんの物語をお届けします。茎付きのサトイモ、殻付きの牡蠣…一緒に届ける食べ物もなるべく自然に近い状態にしています。ぜひ家庭で畑や海の香りを楽しんでください。
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