【バックナンバー公開】東北食べる通信|福島県相馬市・菊地将兵さんの物語(3/3)

食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。

東北食べる通信が生まれるきっかけとなった東日本大震災から、もうすぐ10年を迎えます。それまでの日常を奪われた東北の生産者さんたちは、この10年間で数多くの困難と戦いながら、新たな挑戦を始めています。

東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の爆発事故により、福島県の生産者は激しい風評被害に悩まされることになりました。原発から30km以上離れた相馬市では、検査の結果が基準値未満でも地元の野菜が売れないという状態が続きました。
その最中にふるさと・相馬市に帰郷し、農家になった菊地将兵(しょうへい)さん。「この土地だからこそ、日本で一番安全な食べものを作りたい」と有機栽培で野菜を育て、平飼いで養鶏をしています。
 
生産者が“相馬”と胸を張って言えなかった当時、菊地さんはその卵に「相馬ミルキーエッグ」と名付けました。地域の恵みによって育てられているこの鶏たち、一体何を食べていると思いますか?

彼の農業は、彼の歴史とあるべき姿そのものです。見ているこちらが自分を振り返って恥ずかしくなるほど、真っ直ぐで正しい。そんな生き方にぜひ触れてください。

 

その1はこちら

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世なおしは、食なおし。

東北食べる通信 2017年11月号


 

耕して、守る

 

 

背を向ける同級生たち

農家として人生を歩んでいく決心を固めた菊地は、群馬、茨城、三重、香川の農家のところで、住み込みで研修を重ねた。妻の出身地である香川に就農することも考えたが、やはり相馬に帰って農業をやりたいという気持ちは強まるばかりだった。震災後、原発事故に伴う風評被害などの影響で相馬に就農するのは絶望的な状況になったが、それでも相馬で農業をしたいという気持ちは消えることはなかった。野菜を育てて果たして売れるんだろうかという不安はもちろんあったが、震災から2か月後に故郷の大地を踏みしめた菊地は、改めて相馬に就農することを決意したのだった。

借家と農地を探すところからの、文字通りゼロからのスタートだった。相馬に就農してから最初の2年間は本当につらい毎日が続いた。どんな質問にも理路整然と即答する菊地だが「もう二度と戻りたくない」と、当時の話になると口が重くなる。野菜をつくっても、子供がいる同級生たちから「おまえんとこの野菜、悪いけどうちの子どもには食わせらんねぇ」と言われることもあり、誰ひとりとして買ってくれなかった。負けん気の強い菊地は「だったら、『子どもたちにこれ食べさせたい』って同級生に言われるような野菜をつくってやろう」と逆に闘志を燃やしたという。

風評被害で売り上げが下がった農家にはその分の賠償金が渡されたが、菊地のように震災後に新規就農した農家は実績がないため、賠償の対象から外された。毎日、畑で収穫した野菜を地元のスーパーの生産者コーナーの棚に並べに行ったが、店員から「中国産の方がまだ売れる」、「他県より2割以上安い値付けにしないと売れ残るよ」と言われた。反発するように他県と同額の値段で出すと、翌日大量に売れ残っていた。

それでも菊地は悔しさをエネルギーに反転させ、歯を食いしばってがんばった。そして、自分がつくる野菜の安全性と価値について、自分の言葉でメッセージを発信し続けた。そうして少しずつ理解してくれる人が増えていき、「菊地さんの野菜なら」と買ってくれる人も出てきた。「将兵の野菜を買ってるよ」と声をかけてくれる同級生も現れ始めた。ここまで来るのに4年かかった。早朝、誰よりも先に畑に出て汗をかいている菊地の姿を見ていた地域住民も「おまえ、がんばってんな。あそこの農地空いてるけど使うか」など、協力の声があがるようになっていった。就農して6年。今では養鶏農家として十分に食べて行けるようになってきたと菊地は言う。「日本一農業が難しい土地で綺麗事を掲げてちゃんと食っていけることを示したい。そうしたら、日本中どこでも新規就農なんか簡単でしょ」。

 

相馬土垂復活に向けて

一昨年から、菊地がもうひとつ始めた挑戦がある。相馬唯一の伝統野菜である「相馬土垂(そうまどだれ)」という里芋の復活だ。40年以上、公式に栽培された記録は残っていなかったが、最後に栽培した人の名前を頼りに探し回り、なんとか相馬土垂を見つけることができた。近所の農家から、「こんなに植えてどうするんだ」と心配されるほどの量の種芋を祖父母にも手伝ってもらって植えた。なぜ、消滅寸前の相馬土垂を復活させようとしているのか。その理由について、菊地はこう語る。「学校給食で地元の野菜を食べさせることに親が反対している。同じ野菜だったら、他県産のものでいいじゃないかと。相馬土垂なら相馬にしかないので他県産というわけにいかない。食育の一環で相馬土垂を給食で出すことを学校に提案している。それが実現すれば、他の野菜も食べてくれる道が開けるんじゃないかと」。

地域を再生するすべてのきっかけになるのがこの相馬土垂だと、菊地は確信している。かつては地域の神社の例大祭で相馬土垂を使ったお吸い物が振舞われていたが、今ではスーパーで買ってきた里芋を使うようになってしまった。子どもたちにこの相馬土垂づくりを手伝ってもらい、その相馬土垂が入ったお吸い物を食べに子どもたちが例大祭に参加するようになれば、将来、この伝統を守る側に回る人間が出てくるのではないだろうか。そう期待している。

菊地が人生をかけて守ろうとしているものは何なのか。「自分はこの地域に育てられた。子どものころ、毎日学校から帰ってくる家の苗字が違った。親がいなかったし、祖父母は畑仕事で忙しかったから、地域のいろいろな人たちの家で面倒を見てもらった。自分を生み育ててくれたところがダメになるの、見たくないですよね。地域を守るっていうことは、地域がやってきた伝統や暮らしを自分たちも守り、次につなぐこと。農業は伝統野菜もあり、それがやりやすい」。菊地にとって農業は自分の生き様そのものであると同時に、地域を守るための手段なのだ。

 

取材の終わりに、今、漫画を描くとしたら何を描きたいかと尋ねると、「僕が生きているこのままを描く。たぶん、それを読んだ若者の中から移住者が何人も出てくると思う」と菊地はよどみなく答えた。

以上


『東北食べる通信 2017年11月号』より特集記事を抜粋

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