東北食べる通信
編集部が東北中を駆け回って惚れ込んだ、農家さん・漁師さんの物語をお届けします。茎付きのサトイモ、殻付きの牡蠣…一緒に届ける食べ物もなるべく自然に近い状態にしています。ぜひ家庭で畑や海の香りを楽しんでください。
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株式会社ポケットマルシェ
〒025-0096 岩手県花巻市藤沢町446-2
TEL:0198-33-0971
代表者:高橋博之
運営責任者:岡本敏男
連絡先:info@taberu.me
食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。
東北食べる通信が生まれるきっかけとなった東日本大震災から、もうすぐ10年を迎えます。それまでの日常を奪われた東北の生産者さんたちは、この10年間で数多くの困難と戦いながら、新たな挑戦を始めています。今回はその一人である、『東北食べる通信 2018年11月号』で特集した岩手県山田町の漁師、佐々木友彦さんの物語をご紹介いたします。
「赤皿貝」という貝をご存知でしょうか。その名の通り、お皿のように薄い赤い貝です。足が早いためなかなか市場に出回ることのない赤皿貝ですが、鮮度を保ったまま私たちの食卓に届くよう、試行錯誤の末に「ある技」を生み出したのが佐々木さんです。
山田町の浜と、そこで採れる赤皿貝に熱く向き合う佐々木さんのストーリーを、ぜひご覧ください。
その1はこちら
その2はこちら
震災後は介護もあり、どうせみんなと同じようには漁業の復興はできない、とこれまでの漁業を大きく転換させた。3年以上かけていた牡蠣の養殖期間を2年に短縮。ホタテの養殖は止め、そのエネルギーを赤皿貝に向けてみた。
赤皿貝は山田の漁師たちの間では「ケッツラゲー」と呼ばれていた。ホタテや牡蠣に付着して邪魔なので、「蹴散らかす」が訛って「ケッツラゲー」となったと言われている。小粒だが美味なので、昔は養殖を試みた人も多かったが成功には至らなかったという。また、水揚げの翌日には半分以上が死滅するというほど傷みやすいので、ほとんど地元でしか食されていなかった。
この死滅率を下げるため、友彦さんは観察と実験を繰り返す。試しに24時間、海水を掛け流しにしている牡蠣用の水槽に入れてみた。するといくらかが生き残った。赤皿貝は乾燥に弱いのだが、それまではホタテや牡蠣の副産物扱いだったので長時間放置され、空気にさらされていたのだ。
次に、ホタテや牡蠣に密着するために赤皿貝が出している足糸(そくし)と呼ばれる繊維に注目した。ウニも菅足(かんそく)という、似たような器官を出して岩場にくっついているが、これを引きちぎって採るとウニが弱ることを経験的に知っていた。そのため赤皿貝でも足糸が鍵だろうと考えたのだ。そこで、足糸をちぎらず、鉈で切り離してから水槽に入れてみた。すると翌日、全ての貝が生きていた。足糸を無理に引きちぎると、それを支える内臓まで傷つくが、足糸に高い圧力がかからないように繊維に対して斜めに刃を入れると、内臓が傷つかず生きたまま出荷できるのだ。こうして赤皿貝の鮮度を保つ技、「足糸切り」が誕生した。この工夫によって鮮度を維持した流通が可能になった。
3年以上養殖した牡蠣には大きな赤皿貝がついているが、友彦さんは牡蠣の養殖を2年サイクルにしたので、自分の筏では出荷できるサイズの赤皿貝を採取できない。そこで先輩漁師に頼み、3年以上育てた牡蠣から赤皿貝を採らせてもらっている。それだけでなく、昨年からは稚貝を集めて養殖にも取り組んでいる。付着生物に負けて全く育たなかったり、ほとんど泳いで逃げられてしまったりと幾度となく失敗を繰り返し、今では集めた稚貝の50%を水揚げできるようになった。将来的には山田湾に適した赤皿貝の養殖方法を確立し、山田の漁師たちに広げたい、と意気込む。
船上にカゴとベニヤ板で組み立てた作業台の上に、ごろりと横たわった牡蠣と付着生物の塊。1本のロープから採れる牡蠣はおよそ100kg、赤皿貝は1〜5kgだ。オレンジ色や紫色といった極彩色のカイメン動物、半透明のザラボヤ、褐色や緑色の海藻、細長いミミズのような環形生物、カギ状の爪を出し入れするフジツボ……。透き通った海からは想像もできないほど何千もの生きものがうごめいている。
一般的にはこうした養殖の邪魔になるような生きものを「雑物(ざつぶつ)」と呼ぶが、友彦さんは彼らのことを「付着生物」と呼ぶ。「雑物扱いするとかわいそうでしょ。みんな名前があるのに」。その言葉を裏付けるように、私の「これは何か?」という矢継ぎ早の質問に対して、次々と名前や分類を教えてくれる。一つひとつ、彼は本を開いて調べてきたのだ。
友彦さんは仕分けした付着生物を海に返しながら言った。「こうやっておらはとんでもねぇ数の命を殺めて毎日生きてる。彼らの方が地球上では先輩なのに、人間だけが本当に何様だが。食ってくことは大事だけど、経済ばっかりじゃダメだ。生き残ったおら達が環境と経済を両立させねぇと。それが日本で大人をやってるおらどの役割だ」。彼はこれまでの人生を家の問題解決にかけてきた。残りの人生は漁業の問題解決にかけていきたいと言う。
一人で操業する友彦さんの家だけでも毎日50kg以上の牡蠣殻が発生するが、この行方が問題になっている。牡蠣殻の一部は乾燥して粉砕し、農業資材などとして販売している。しかしそれだけでは処理しきれないので、残りは重機で潰して近くの埋立地に運び入れている。しかし、その埋立地も早ければ3年、なんとか引っ張ったとしても6年程で許容量を超える。漁師たちは処理費用を払っているが、この埋立地が埋まったら廃棄物処理業者に処理を委託しなければならないため、さらに負担が増える。
実は15年前に一度、友彦さんは仲間4人とともに牡蠣殻のリサイクル事業に乗り出したことがあった。牡蠣殻は1,000度の高温で焼き上げると酸化カルシウムになり、食品添加物としても使用することができる。高温焼却施設を造り、漁師たちから牡蠣殻を買い取ってリサイクルしよう、という構想だった。仲間と実証実験をするため2,000万円をつぎ込んだが、試験プラントを建設するのに5,000万円、本プラント建設に5億円かかることがわかり、資金が調達できずに頓挫したのだった。次世代の漁師たちが安心して漁業をするために、この問題の解決は必須だとリベンジを誓っている。
夕方、友彦さんは牡蠣を剥き始め、2時間で5kgの剥き身が現れた。市場価格は1kgあたり1,000円。そこから手数料が引かれるため、5kg出荷しても手元に入るのは5,000円に満たない。経費と労働時間を考えると、やればやるだけ損をする。これまではホタテや牡蠣を中心に養殖してきたが、これらの市場価格は下がり、タネを他所から購入しているためコストもかさむ。そのため、今後は山田湾に多く自生する赤皿貝やムール貝、アカモクを経営の中心にしていこうと考えている。
赤皿貝の市場価格はここ半年で5倍以上に跳ね上がった。友彦さんが内陸地域の外食業者に営業をしたことや、足糸切りを始めとした適切な処理を他の漁師たちも行うようになったことが功を奏した。「食べた人の評価が将来の値上がりに繋がるってことがわかりました。だからお客さんに選ばれる努力をこれからもやっていきます」。
20代の頃は呑んだくれていたが、「残りの人生にアルコール入れてる暇はない」と酒は止めた。貧しさゆえに味わってきた苦しみを将来の家族には与えまいと、「家庭は欲しいが、今の経営状況では責任を持てない」と女性との付き合いも断ってきた。そんな彼の姿は修行僧のようで凛々しい。しかし、彼が直面する漁業問題は一人の漁師の人生に背負わせるにはあまりにも大きすぎる。
その魚は海を守る方法で獲られているか。その魚は漁師がこれからも漁業を続けられるだけの値段で売られているか。私たち消費者が生産者と繋がり、ともに考え、選ぶことの先に答えはある。
以上
『東北食べる通信 2018年11月号』より特集記事を抜粋
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