【バックナンバー公開】東北食べる通信|岩手県山田町・佐々木友彦さんの物語(2/3)

食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。

東北食べる通信が生まれるきっかけとなった東日本大震災から、もうすぐ10年を迎えます。それまでの日常を奪われた東北の生産者さんたちは、この10年間で数多くの困難と戦いながら、新たな挑戦を始めています。今回はその一人である、『東北食べる通信 2018年11月号』で特集した岩手県山田町の漁師、佐々木友彦さんの物語をご紹介いたします。

「赤皿貝」という貝をご存知でしょうか。その名の通り、お皿のように薄い赤い貝です。足が早いためなかなか市場に出回ることのない赤皿貝ですが、鮮度を保ったまま私たちの食卓に届くよう、試行錯誤の末に「ある技」を生み出したのが佐々木さんです。

山田町の浜と、そこで採れる赤皿貝に熱く向き合う佐々木さんのストーリーを、ぜひご覧ください。

その1はこちら

その3はこちら


世なおしは、食なおし。

東北食べる通信 2018年11月号


 

岩手県山田町の佐々木友彦さんが採った
赤皿貝(あかざらがい)

 

溢れ出す歌

友彦さんは借金地獄で崩れた親戚の和を取り戻すことに心を砕いていた。そんな中、彼の母が交通事故で急逝した。高齢の父を抱えながら漁業を維持し、事務員として雇っていた姉の給料も払わなければいけない……。友彦さんの頭と心はパンクした。自分の精神を保つために、今まで自分の中に鬱積していた思いを吐き出した。歴史に翻弄され続ける漁業、海を汚す漁師たち、母を亡くした悲しさ、自分の無力さ、人生の厳しさが堰を切ったように身体の中から溢れてきた。仕事の合間や夜中にペンを握ってはメロディーと一緒に出てくる歌詞を書き付け、手が離せない時は携帯に歌を吹き込んだ。

 

苛ついてた ムカついてた 筋が通らない 理不尽な連続 震えを抑え ひたすら我慢した 憤るてめえの無力に怒鳴り狂った(曲名:喜怒哀楽)

 

東北漁村 4月の雨 震える親父 骨だらけの 背中をずっと 擦り続けた 医療器具と管まみれの御袋を握りしめてた私の手で 分厚かったはずの 親父の片手を 隣で温めた(曲名:だから誠実で そして当事者たち)

 

今日も水面にヤニが浮かんでた 海岸が 砂浜が泣いていた 魚が生命が死んでゆく 海岸が 砂浜が泣いていた(曲名:偽善)

 

半年で12もの曲を書き上げた。楽器は一切できず、楽譜も読めないが、幼少期からメロディーと歌詞が同時に浮かんでくる身体だった。母の死の翌年には父が体を壊して介護が始まり、翌々年には東日本大震災が発災。大津波は山田湾の全ての養殖施設と、姉と甥を飲み込んだ。3月12日、父に付きっきりだった友彦さんは、船が浮いていると知らされる。翌日浜に行くと、自分の船だけが浮かんでいた。

 

やもめ介護

半年後、養殖場が復旧すると、男ひとりの介護と漁業の日々が始まった。夜、父の世話が終わると作業小屋に来て、夜通し牡蠣を剥いた。朝、沖に出て牡蠣を上げるが夕方には家に戻らねばならず、沖での仕事は1、2時間程度しかできなかった。

自分の人生を蝕んできた父を、抱きかかえ、下の世話をしてやり、風呂に入れてやった。ただでさえ擦り切れそうな生活に、船の故障、震災後始めた海苔養殖の失敗、貝毒発生による出荷規制、ホタテの大量死が次々と追い討ちをかけた。風呂に入れる父の細い首に、頭の中では何度も手をかけた。自作の歌を歌って目の前の現実から必死で気を逸らした。2014年の秋、携帯電話から聞こえてくる人の声が砂嵐のように聞こえ、左耳が聞こえなくなった。強烈なめまいに襲われ、作業小屋から這って出た。限界だった。

 

届いた歌声

2015年4月、父は余命1年と宣告された。見る見る衰弱していった。8月、友彦さんは山田町で開催されることになったNHKのど自慢大会に出場し、見事予選を勝ち抜いた。息子がのど自慢に出ると聞くと、父は瞬く間に食欲を取り戻した。

9月、父はのど自慢大会の放送を自宅のベッドの上から見た。友彦さんは父のそばでいつも通り食事の準備をしていた。友彦さんの紹介として津波で亡くなった姉・育子さんの写真がテレビ画面に映ると「育だな」と言っただけで、鐘を三つ鳴らした友彦さんの活躍については何も言わなかった。10月、父は「治ったから海さ連れてけ。おめえひとりでゆるぐねぇべ(楽ではないだろう)」と言い出した。病状は相変わらずだったが、心は漁師だったのだろう。12月3日、夜9時。昏睡状態に陥った父は静かに静かに息を引き取った。6年間の介護生活を終えて友彦さんは疲れ切っていたが、「今度こそ自分の人生をやり直さないといけない」と固い決意が心に灯っていた。

 


その3につづく


 


東北食べる通信

月刊
2,680円(送料・税込)
東北

編集部が東北中を駆け回って惚れ込んだ、農家さん・漁師さんの物語をお届けします。茎付きのサトイモ、殻付きの牡蠣…一緒に届ける食べ物もなるべく自然に近い状態にしています。ぜひ家庭で畑や海の香りを楽しんでください。

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