【バックナンバー公開】北海道食べる通信|北海道羽幌町・夫婦で加工にも挑戦する漁師物語(3/3)

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絶対に成功させる意気込み

 周囲に相談しても「甘エビの酒蒸しなんて、もらうから嬉しいので、買う人はいない」と、なかなか賛成してくれない。それでも桃子さんは、ターゲットは地元の人ではなく、”漁師の味”を求める外の人だと思った。その価値を感じてもらえれば需要はあると思った。ただ、相談した人たちからは相手にされないし、弥さんまでもが影で笑われている気がした。申し訳ないような悔しい気持ちになったが、逆に「絶対に成功させよう」と心に誓ったという。

 自宅からほど近い場所にある漁師のための環境改善センターが使われていなかった為、北るもい漁業協同組合に相談したところ、使わせてもらえることになった。保健所の許可を取り、掃除をして冷蔵庫や真空器などを買い入れて設備を整えた。お金を借りることや交渉事など最初は反対をしていたはずの弥さんが禁漁期間に全て調整を付けてくれた。

 加工の最初、漁師の味の元であるお義母さんにレシピを聞いても、家庭料理なだけに正確なレシピは出てこない。それならばと、塩の分量や茹でる時間、色んなパターンで試作し、舌の正確な友人にアドバイスを求めた。何度も繰り返した最後は、迷いなく自分でレシピを決めた。そうして真空パッケージにラベルシールを貼って、漁協の直売所に持っていったところ、最初は反対をしていた人も「本当にここまでやったのか」と、関心を示してくれた。嬉しかった。

鹿児島での初舞台

 2014年6月に販売をスタートした。加工も初めてなら、営業も販売も初めてだ。右も左も分からない。そんな時に、留萌振興局の役場の人に言われるがままに札幌で商談会に参加。そこで鹿児島の百貨店「山形屋」のバイヤーが声をかけてくれた。商談テクニックなども分からなかったが、とにかくどんな思いで商品を作ったのかを説明したところ、11月の北海道物産展で仕入れを決めてくれた。酒蒸しを1,000パックと、パラで100キロ。想像できない数字だった。桃子さんがどれ程熱く語ったかがうかがえる。「本当に用意できる?」と問われたが、原料はある。「やれます!」と二つ返事で応えた。

 商品説明資料も自分たちで写真を撮り、思いをA4用紙に詰め込んだ。サンプルといってもよく分からず、ある物すべてを提供した。物産展当日、人は出さず商品の送り込みで了承を得ていたものの、どんな状態で送られて陳列されているかが気になって、先方には知らせず現地を見に行った。なかなか販売の伸びない商品にやきもきして、飛び込みで販売の手伝いをさせてもらった。商品は思ったような売上は作れなかったが、最終日に現地の地元では有名バイヤー「その熱意と努力に負けた」と声をかけてくれた。

 年には現地に視察に来てくれて、「今年もよろしく」と継続の取引が決まった。知人に送ったあの捨てられたエビの悔しさを乗り越えて、初めての大型案件を体当たりでこなした結果、「旦那のため」の動機が地元漁師や産業を盛り上げるためと大見は広く広がっていくこととなる。

関わってくれた人を満足させる

 そして、「北のハイグレード食品+2015」に認定された。これは、北海道庁が選定した商品を、名だたる食の専門家が試食をした結果、認定される商品。桃子さんが応募した理由は、「名もない自分たちの商品を買ってくれた鹿児島の山形屋さんに、お礼の意味も込めて認定されたかったんです」という。目利きしてくれた商品は間違いなかったということを実証したかったのだ。認定後、一番に報告すると、とても喜んでくれたそうだ。

 これが自信なり、今では商談会や営業など進んで行なっている。桃子さんが実現したかったのは、乗組員に仕事のやりがいを感じてもらうこと。自分の獲ったエビを「おいしい」と言ってくれる人を増やすことが、価値を生み出すと分かったからだ

 商品化によって需要が増えることは、仕事を生み出すことにもつながる。「たくさん儲かる為ではなく、自分たちの範囲でボチボチと」と桃子さんはいう。漁師の奥さんが子育てをしながら「一日2時間」という短時間でも働ける職場を作り、月の生活費の足しに少しでもなれば、それでいいのだと言う。スタッフが「携帯変えたんだ」と話すのを聞き、日常の些細な贅沢をできる環境を作れたことに「始めて良かった」と桃子さんは心から思う。また、漁師の奥さんが、旦那が獲ってきたエビを加工することが、改めて漁師の仕事を尊敬するきっかけとなり、夫婦の会話も増える一助を担っているとか。

 商談会で仕事が決まると「仕事出来るよ!」とスタッフにLINEで連絡をすると、全員から一斉に喜びのスタンプが返ってくる。「私に関わってもらった以上、満足させたいですもん」と、嬉しそうに話す姿は立派な経営者そのものだった。

 蝦名漁業部として今は、弥さんの活甘エビの出荷と共に、桃子さんが酒蒸しの販売を広げている。今年は、羽幌町に加工場兼直売所をオープンさせる予定だ。これもまた、弥さんが冬の間に交渉してくれた。時代の変化をとらえながら、蝦名漁業部の挑戦はまだまだ続く。

以上 


『北海道食べる通信 第6号(2016年4月発行)』より特集記事を抜粋

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