【バックナンバー公開】北海道食べる通信|北海道羽幌町・夫婦で加工にも挑戦する漁師物語(2/3)

その1はこちらから


死と隣り合わせの現場

 実は、高砂丸では6年前に乗組員が作業中に誤って海に落ちて亡くなるという事故があった。落ちた瞬間を見た人は誰もいなかったが、船尾にいた乗組員が海の中から声を聞いた。船を見るといるはずの場所に乗組員がいない。24歳と若く大柄の男性だったし、ライフジャケットを身に着けているのですぐに見つかると思っていた。探しているうちに、船室にライフジャケットが置いているのに気が付いた。その日、炊事担当だった彼は、途中準備で船室に入り煮炊きをするときにライフジャケットを脱いだのだと想像できた。11月の夕方、水温は冷たく海はすでに真っ暗。懸命に探したが、見つけることはできなかった。その後三日間、仲間の船なども総出で探したが、未だに行方不明だ。悔しいやら悲しいやら残念やら、いろんな気持ちが入り混じったそうだ。

 乗組員が普段行なっている作業は常に死と隣り合わせ。ロープをまたぐ、船と装具の間に自分の体を入れる等、普段の作業の中にも危険は潜んでいる。やってはいけないことと分かりながらも、それが積もり重なれば習慣になってしまう。それを早いうちに改めなければならない。気が付く度に口うるさく言い続けることが自分の役割なのだと、力強く語ってくれた。

 死と隣り合わせの職場。デスクワークをする都心では想像が出来ない。スーパーでトレイに並ぶ刺身の盛り合わせからも想像が出来ない。小さな甘エビの背景には、そんな命がけの物語があるのだ。

漁師が食べている漁師の味とは 

 蝦名桃子さん(当時39)は船頭の嫁として14年前に蝦名家に嫁いだ。漁師町にいながら、漁師の仕事がこんなにも大変なことだと知らなかったという。船頭の嫁として船が戻る度に、生きて帰ってきてくれた安どの気持ちと共にロープを港につなぐ。その日の水揚げを確認し、出荷作業の手伝いをする。羽幌町出身でありながら、実際に漁を間近で感じるのは初めてだったし、その新鮮な甘エビのおいしさに感動し、羽幌町の魅力に気が付いたという。

 そんな羽幌クオリティの漁師の味を味わってもらいたいと、知人に水揚げした甘エビを生で送付したら「腐っていたので全部捨てた」と言われたことがある。運送状況の問題もあったとは思うが、現場からはピチピチと跳ねているエビを確認して出荷しているだけに、ショックは大きかった

 甘エビのおいしさを一番に感じてもらうのは、何より鮮度。プリプリ感を感じてもらうためには、やはり現地に来てもらわねばならない。生きたまま急速冷凍をかけることで鮮度は維持できるものの、それでもプリプリ感は落ちてしまう。「それは真に漁師の味とは言えない。羽幌ならではの漁師の味とは何だろう」と、考え始めた

 蝦名家では、いつも当たり前のように出されていた甘エビの料理といえば酒蒸しだった。お正月に運動会、親戚の集まりなど、決まって酒蒸しがふるまわれた。嫁いでから、友人の家に遊びに行くときなど持って行っては喜ばれた。あるとき、つくり過ぎたことをきっかけに冷凍保存をしてみた。その後、解凍して食べてみたところ、味も食感も変わっていないことに気が付いた。これだと腐って捨てたと言われることもない。日本全国どこに出しても漁師が食べている味を楽しんでもらえる!「これこそが”漁師の味”だ」と思い、これなら商品化できるのではないかと感じたという。

 ただ、その時は漠然と思っただけだった

消えぬ情熱と創業

 「エビ篭漁にもいい時代があった」と弥さんは振り返る。燃料の高騰や買取価格の下落に悩まされ、固定給以外の歩合も少額しか出せない状況が続いていた。家業としてのエビ篭漁だから「悪い時もあれば、いい時もある」と割り切っていけるものの、乗組員のモチベーションについてはそうはいかない。桃子さんも乗組員の奥さんたちと話をする中で、先行きの不安を耳にすることも多かったという。漁師は、農家と違い土地を買い足して収穫量を上げることが出来る訳でもない。市場に左右されながら、命をかけて獲ってきた甘エビが、一歩間違えばゴミとして捨てられてしまうこともありえる。「漁師のモチベーションを上げるにはどうしたらよいのだろう」

 桃子さんの子育てがひと段落ついたころ、「あの甘エビの酒蒸しを何とかできないか?」と、改めて考え始めた。「漁業が赤字でも、加工が黒字になる時代が来るかもしれない!」と、弥さんに伝えたところ最初は手放しには賛成はしてくれなかったが、「私が奥さんたちをまとめて、働ける仕事をつくる。ちょっとでもお小遣いを渡せる程度になればいいじゃない。みんなで甘エビの価値を上げていこう!」と話をするうちに、やってみようということになった。命がけで獲った甘エビをゴミになんてさせられない。桃子さんのそんな強い思いもあって、漁師の6次産業化のチャレンジが始まった。

その3へ続く|8月24日(月)公開


『北海道食べる通信 第6号(2016年4月発行)』より特集記事を抜粋

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