【バックナンバー公開】北海道食べる通信|北海道羽幌町・夫婦で加工にも挑戦する漁師物語(1/3)

 

食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。
今回は『北海道食べる通信 第6号(2014年4月)』に特集した北海道羽幌町の蝦名漁業部の皆さんの物語です。

北海道の中でも北の日本海側に面する羽幌町、ここでエビ漁師として「第五十一高砂丸」を率いるのは、船頭の蝦名弥(えびなわたる)さん。妻の蝦名桃子さんと二人三脚で、今では、活甘エビの出荷はもちろん、漁師だからこそ可能な獲れたての活エビを加工し販売まで手を広げています。本特集記事では、そんな蝦名漁業部の日常と取組みに焦点を当て、普段なかなか見ることのできない漁師という仕事のリアルを詳しくレポートしています。「自分たちの獲った魚をいかに良い状態で食べてもらいたいという強いいから生まれた挑戦の歴史など、読んでいただくと甘エビが思わず食べたくなること間違いなしです

全3回に分けて公開しますので、ぜひ最後までお楽しみください。

その2|8月23日(日)公開

その3|8月24日(月)公開


会いに行きたくなる食物語

北海道食べる通信 第6号

(2016年4月発行)


夫婦で挑戦する 関わった人を満足させる漁師の味

春の日本海の洗礼

 朝6時半、けたたましいベルの音で目覚めたが、倦怠感が体を包んでいた。夢であってほしいともう一度目をつぶりたくなる衝動と格闘して、真っ暗な船底から何とか這い上がると、日本海のど真ん中。さえぎるものがない朝の光はまぶしかった。羽幌港を出港したのが明け方の4時前。取材班は3月1日に解禁になった甘エビの取材で、北留萌漁協の蝦名弥(わたる)さん(当時56)が船頭を務める「第五十一高砂丸」に乗せてもらった。

 日本海側に位置する羽幌町は甘エビ漁獲量日本一。それもそのはず、羽幌港から沖合に30kmほどのところに日本海北部最大で最高の漁場である「武蔵堆(むさしたい)」があるからだ。「堆」とは海の中の山のようなもので、高さは山頂付近が水深8m、山麓は数百mにもなる。ここ武蔵堆の海域は水深が浅いため、複雑に入り組んだ海底地形によって豊富なプランクトンや小魚がたくさん育まれる。エサで豊富で過ごしやすい海域となり、文字通りプリプリに太ったエビが漁獲されるのだ。

 春の日本海は容赦なく船を揺らす。19tの小型船は前後左右、上下に揺られ、立っているのもやっとの状態。10分もしないうちに取材班は船酔いに襲われダウンしてしまった。

過酷な甘エビ漁

 甘エビは、前日に仕掛けたかごを回収する「篭(かご)漁」だ。船には8人の乗組員がいて、篭を海から引き上げエビを素早く取り出す人、揚げられたエビを選別する人、使い終わった篭をベルトコンベアーで船尾に送る人、船尾に送られてきた篭を積み上げる人、ロープを巻き取り積み上げる人と役割分担が決まっており、各自黙々と作業が続く。そして、最後に全員で翌日のための篭をロープにくくりつけ、再度海に落としていく。すべての工程が終わるまでに1時間半。それが5か所に仕掛けられている。3月の北海道はまだ雪も降り、最低気温は氷点下。凍てつく波しぶきが降りかかる中、船上での作業はビッチリと8時間続いた。

 船では2回の賄い料理が提供される。炊事担当が割り当てられて作業の合間に、小さな炊事場で器用に料理をこなしていく。その日の献立はキムチ鍋風の椀物。もちろん甘エビが入っている。(残念ながら船酔いだった取材班は、一口も食べることが出来なかった)過酷な作業でのほんの束の間の休息だ。

 18時半に帰港。それで終わりではない。すぐに船底の水槽からエビを取り出して出荷場に運ぶ。船上で大きさの選別はすでに終わっているので、氷が入った発泡スチロールに甘エビを大きさごとに生きたまま箱詰めしていく。すでに死んでしまったエビははじかれ、箱に入れられることはない。船上でもそうだったが、漁師さんたちはエビの体に極力触れないことを心がけているそうで、作業は目にも止まらぬスピード。鮮度が落ちない理由がここにある。

 その場で生きたままの甘エビを食べさせてもらったが、透明な身を頬張るとはじけるようなプリップリの食感。身が口の中で踊る。後から追いかけてくる磯の香り。現地だから食べられるおいしさは、漁場から近いから味わえる。羽幌クオリティに悶絶した。

 出荷作業を終えたころにはもう21時を回っていた。作業を終えてやっと岐路に着く。明日も朝4時に出港が控えている。

果報は寝ずに待て

 羽幌町で漁師の息子として生まれ育った弥さんは三代目。高校卒業後、札幌に行き21歳で羽幌に戻り、当たり前のごとく親の後を継ぎ漁師の道を選んだ。42歳で船頭としての役割を受け継ぎ高砂丸を取り仕切る。作業を映し出すモニターを見て乗組員と絶えず無線でやり取りしながら、船全体を把握して指示を飛ばす。そしてGPSモニターを見ながら長年培った嗅覚で篭を落とすポイントを模索する。「”果報は寝て待て”だ、仕掛けた篭にエビが入るかどうかは運次第」と、言いながらも漁場を探す目は真剣そのもの。「年に数回は大ばくちを打ちたくなるんだ。(甘エビの)篭の入りが悪かったりすると、『このままでは引き下がれないぞ』と、いてもたってもいられなくなり、他の船が行かれないようなポイントに仕掛けにいく。そこで大漁を引くことが何とも言えない喜びだ」と、話してくれた。

 それでも、近年は想定できない状態が相次ぎ、狙いを定められないことも多いという。「水温が上がったせいか、昔では考えられないことがここ数年で起きている。今年もトラ(ボタンエビのこと)が異常に多い。だから昔のやり方をやっていてもだめ。その変化に我々が進化せねばならない」と。漁はギャンブルと似たようなところがありながら、変化を察知して仕掛けに行かねばならない。「寝て待て」とは言いながら、寝ていては果報である大漁をつかむことはできないのだ。


その2へ続く|8月23日(日)公開


『北海道食べる通信 第6号(2016年4月発行)』より特集記事を抜粋

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