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2010年12月、六本木に「ル・グラン・ソワール」を奥さまと二人三脚でオープン。グランは大きい、ソワールは夜を意味し、冠詞の 〝ル〟 がつくことで一つの言葉になっていて、フランス革命の日の夜にお祝いをするという意味合いが気に入ったそう。オープンして間もなく家庭画報、東京カレンダー、VOGUE などさまざまなメディアに取り上げられ各誌掲載されたのは2、3月だったが、2011年3月に東日本大震災が起こり、苦しい時期を経験した。
独立して1年目は事業計画的な考えから客単価から逆算してメニューを考え、価格ありきで 〝使える食材〟を業者から仕入れていたが、2年目あたりで同じ金額帯の他店がどんな食材を使っているか調べてみると、似たような選択肢の中から選んでいるのが分かり面白くないなと思った。そこで国内に目を向けて、昔の「専門料理」なども引っ張り出して調べていくとまだまだ知らない食材があり、産地訪問や生産者との交流も積極的に行っていった。
今も残るお店のブログには、さまざまな地域の食材を積極的に使われていたことが書き残されている。ツキノワグマ(岐阜県)、ウサギ(長野県)、羊、エゾシカ(北海道)、イノシシ(高知県)、スッポン、トラフグなど割烹(かっぽう)を思わせるような食材も。他店と差別化する目的と、生産者からまとまった量を取ってあげたいとの思いで、自然と肉メニューが増えていった。ふぐ調理師免許も持っていたので、「ル・グラン・ソワール」はフグといろいろな肉という特徴を持つ店になっていった。奥さまの話によるとフグまるごと1匹を使ったブイヤベースは最高においしかったそう。
2015年にテナントとして入っているビルの建て替えに伴い立ち退くこととなった。その頃、食べログ*に左右され、一喜一憂してしまう飲食店のスタイルにちょっと飽きてきていた。評価が0.1ポイント下がるだけで全く予約の電話が来なくなり、全員とは言わないがお客さまはまるで情報を食べているようにも感じ始めていた。
*食べログ:カカクコムグループが運営するグルメレビューサイトで、コンセプトは「ランキングと口コミで探せるグルメサイト」。ユーザーの口コミとともに全国のレストラン情報が掲載されている。(出典:Wikipedia)
何を目指していたのか考えてみた。目の前のことを本気でやっていたら気づくとフレンチシェフをやっていただけで、人生のゴールではない。今まで積み重ねてきた経験で何ができるか、どんな暮らしがしたいのか考えてみた。食肉製品製造業の認可を取るのは今は難しいが、シャルキュトリは店でも作っていたし、これを売ったら面白そうだなと考えた。高知県大豊にある食肉処理施設「猪鹿工房おおとよ」に通いながら働いて実務経験を積めば、食品衛生管理者の資格が取れ、食肉製品製造業の認可をもらえる事が分かった。地形的に食材の恵み豊かな地域として魅力を感じていた高知県に総合的な判断で移住を決めた。
六本木のお店をやっている時に「猪鹿工房おおとよ」の北窪さんを何度か訪ねていて、その当時の様子を現在引き継がれている代表の康志さんは「一風変わった人が来たよ」とお父さまから聞いていたそう。康志さんと松原さんは食品衛生管理者の資格を取るために群馬にある「公益社団法人全国食肉学校」に1カ月間同じ時期に通い、大人になってなかなか機会がない寮生活を現役の学生らとともに経験した。「生活努力実践目標」を掲げ、厳しい門限があり、朝礼、点呼、校歌斉唱などなど。康志さんの記憶によると、授業が終わったあとも細かい質問を講師の方によくしていたそうで、研修期間中にはテストが3回ほどあったが、真っ先にテストを終えて教室を出ていくのは松原さんだったと話す。
お店を変えるついでに肉1本にした。店が扱う食材の中で自然と肉が増えていたこともあるし、高知には魚を扱う店はすでに多かったから肉専門店にした。仕事の成り行きで肉になっただけで、何らかの理由で肉を扱えなくなったら魚を扱うと思う。「よく肉へのこだわりを言われるがそこまでこだわりはなく、やる以上はちゃんとやるだけ。ただ、嫌なことをやっているわけではないし楽しくやってますよ(笑)。1人仕事なので、オリジナリティーとクオリティーしかないから」
奥さまは「松原ミート」という名前を聞いた時は冗談だと思ったそう(笑)。松原さんは、難しい名前は浸透しないと思ったし飲食店で終わるつもりはないからとにかく覚えてもらえる名前にと考え「松原ミート」にした。
2016年5月、高知市追手筋で本格的な肉バルとしてオープン。自然派ワインを取りそろえ、こんなクオリティーのシャルキュトリが食べられるなんて! とうわさが聞こえてきたほど、グルメな土佐人をワクワクさせてくれた「Bar àBoucherie 松原ミート」。お肉はもちろんのこと、オーブンで生からじっくりと火を通すグリル野菜はシンプルながらもうま味や甘みを引き出していてとてもおいしかった。
生産者とのコラボレーションも数々やってきた。日本酒(高知県内には18蔵ある)、「NPO法人しあわせみかん山」さんのミカン皮入り鹿肉ソーセージ、「はたやま夢楽(むら)」さんの幻の地鶏 〝土佐ジロー〟づくしのディナー、高知でクラフトビールを造る「高知カンパーニュブルワリー」さんとロサンゼルスから高知に移住された「Masacasa Tacos」さんとのタコスイベントも大にぎわいだった。高知はイベントが好きな県民性。きっとどなたかがお声がけするでしょう(笑)。いつかの企画を楽しみに。
今後は、このシャルキュトリの仕事が地域に根付き、産業として成り立てばいいなと考えている。自分がいなくなったとしても完璧なレシピを元におばちゃんたちの手をかりて作り続けることができ、需要の低い部位を捨てずに有効活用できるようになる。そんなイメージだ。
60歳になっても1人で黙々と加工に向き合うのはつまらないし、シャルキュトリの仕事を完成させたら自宅から車で1〜2時間圏内の食材を使った飲食店をやるのも楽しそうですよね。そのためにはシャルキュトリが売れないと(笑)。
以上
『こうち食べる通信 第5号(2020年5月発行)』より特集記事を改編/抜粋
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