【バックナンバー公開】ひろしま食べる通信|広島県三原市・久和田農園物語(2/3)

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古くから愛される葡萄を作り続けるために 新しいアイデアでより良いカタチに変えていく

◎久和田 一夫

有志から始まった葡萄作り

仏通寺葡萄は広島県三原市高坂にある臨済宗佛通寺派大本山佛通寺の周辺地域で作られている葡萄の総称。三原市の特産品になっている。この辺りは1940年代頃に開拓されて以来、タバコなど葡萄以外の作物を栽培していたが、上手く育つ作物が限られていて専業農家では厳しい状況にあったため、1960年代頃に数名の有志が葡萄を作り始めたといわれている。

その頃は全国的にも葡萄があまり知られていない時代。売れるかどうかも分からない葡萄にJAからの融資はあてにならず、いわば有志でスタートした葡萄作り。周辺道路も販路も整備されていない環境の中で、生産者自ら夜な夜な準備して広島の市場まで売りに出ていたという。

一夫さんが就農した10年前までは、この辺りは夏でもエアコンいらずで、日が落ちると少し寒いくらい。このような昼夜の寒暖差も、おいしい葡萄作りに適していたといえる。

ちなみにこの頃に作られた農園の柱(棚作りの基礎となる支柱)はコンクリート製。近年では鉄が使われることが多いため、この辺りでコンクリートの柱を使っている農園は歴史が長いことが分かるという。

現在、仏通寺葡萄の生産者で構成される「鹿村(しむら)果樹生産組合」に所属する農園は6軒。一夫さんが就農した20年前は10軒だったが確実に減少していおり、ほとんどが1~2代目の高齢で、後継者のめどは立っていない家も多く、一夫さんは高齢化や後継者不足などの事情で手放されることになった農園を引き受けながら仏通寺葡萄を守り続けている。

父親が開いた農園で自分の力を試す

一夫さんは今は亡き父親の敏明さんから葡萄園を受け継いだ2代目。敏明さんは郵便局に勤めていたが、昔から庭の手入れや植物を育てるのが好きで、知人の勧めもあって、1989年、郵便局を退職し就農した。

敏明さんが就農した頃には仏通寺葡萄は作れば売れるというピークを迎えていた。三原市は工業都市として企業を誘致していたこともあって人口も増え、佛通寺の辺りで葡萄が作られていることが徐々に人々の間で噂になって、直接買いに来る人も増えた。

この頃になるとJAが取り扱いを打診してきたが、それまでに生産者直売の流れが出来上がっていたために、生産者たちはJAには販路を開かず、仏通寺葡萄は生産者によって直売所で販売するスタイルが定着して今に至る。

敏明さんによって久和田農園が開かれて10年目に、一夫さんが戻ってきた。一夫さんは当時26歳。祖父の体調が優れなかったため、兄弟の誰かが戻ろうと話し合った結果、長男である一夫さんが手を挙げた。

一夫さんはそれまで国産自動車ディーラーで自動車整備士として働いていたが、いつかは自分で何か事業を起こしてみたいと考えていたこともあり、家業を継ぐことに大きな抵抗はなかった。自分の力がどれだけ世の中に通用するのかを知りたい気持ちもあり「(自動車関係の)国家資格もあるし、もしダメだったとしても何とかなるじゃろう!」と決心した。

自動車とは全く畑違いの葡萄作り。右も左も分からない一夫さんを、安芸津にある県の農業技術センター果樹研究部の当時の室長が「今から大学校に通って学んでいたのでは時間がかかりすぎる。直接指導するから研修においで」と受け入れてくれた。こうして一夫さんは1年間の研修生活へ。一夫さんは農業技術センターにとって第一号の研修生で、センターの歩みにも記録が残されているという。

みっちり学んでようやく両親と共に葡萄作りを始めた一夫さんだったが、1年もたたないうちに敏明さんが脳梗塞を患い農園の仕事がほとんどできなくなってしまった。技術センターで学んだことを母の栞さんに伝えながら二人で農園を切り盛りした。

敏明さんが他界したのはそれから約5年後のこと。現在は、母親の栞さん、5年前に結婚した早紀さん、7年前に仲間入りした藤井淳成さんの三人で、久和田農園を守っている。

周りや慣習に流されずお客さまのためにできることを

一夫さんが就農した頃にはもう作れば売れるという時代ではなかった。「何年か手伝いで働いてくれていたおばちゃんと、葡萄の出荷シーズンには毎日、2キロの箱を30~40箱車に積んで、おばちゃんの知り合いを頼りに売り歩いていました。5~6年は続けていましたね。週2回くらい燃料を継ぎ足しては車を走らせて燃料代は年間80万円くらいかかっていました」。

その時に買ってくれた人から評判が徐々に広まり、直接久和田農園に買いに来る人が増え、直売所がにぎわうにつれてだんだんと売りに出る日も減っていった。

この成果は久和田農園がコツコツと自らの足で稼いだ賜物だったが、その状況を面白く思わない人もいた。何もしなくても集客できた時代を知り、時代が変わってもその余韻から抜け出せずにいる人たちだ。

「現在、仏通寺葡萄の共同選果場は2軒。ピークには整理券を配り、早朝5時から並ぶ人もいて、8時半頃にはその日収穫した葡萄がなくなるような盛況ぶりでした。人に頼まれて10も20も買って帰る人もいましたね。今は行列ができることもありませんが、そんなふうに時代が変わったのに、お客さんから何とかしてほしいと頼まれても、何とかして応えようとする姿勢を見せない。そんな対応に困ったお客さんがうちを頼ってくるんですよね。うちは少人数で、朝収穫をしても準備がなかなかできないから共同選果場より遅く来てもらっても葡萄があることが多くて、だんだんうちに来てくれるお客さんが増えてきたんです」。

「久和田農園にお客さんが買いに行ったら(自分のところに)帰ってこなくなる」と危機感を覚え、なんとかしてお客さんを久和田農園に流すまいと妨害まがいの行動に出る農園もあったという。

そういったしがらみにとらわれず求めてくれる人に葡萄を届けるために、一夫さんが着手したのがインターネットでの販売だった。当時はまだインターネットを利用するにはダイヤルアップ接続を利用していた時代。農業技術センターで研修していた時、ある研究員から「インターネットで物を売る時代が来るから、絶対にホームページを作れるようになっておいた方がいい」といわれ、作り方を教わった。現在は妻の早紀さんがホームページを担当している。

道路が整備されていなかったため、お客さんからは「ここに葡萄を買いに来るのは命がけじゃけえ」とよく言われていた。ホームページがあれば、足を運ぶ前に、今どの品種が出ているのかが分かってもらえるし、ほかにも早紀さんがSNSで発信した情報を見て買いに来る人や道の駅での販売など、直売所だけに頼らない販売ルートを確立していった。

葡萄を作りたいと思えるやり方と環境を

一夫さんが農園に戻った時に作っていた品種は全てニューベリーAで、今でもこのあたりの主力となっているが、一夫さんは研修先で「久和田農園は同一品種の面積に対して人数が少ないため、作業の適正化を図るなら他品種を植えた方がいい」とアドバイスを受けた。そこでピオーネなど新しい品種を入れるようになり「一度変えると次々に新しい品種を試したくなるんですよね」と一夫さんの好奇心にも火がついた。

とはいえ、葡萄の品種を切り替えるのは簡単ではない。葡萄は一般的に植えてから3年くらいで収穫できるようになるが、成木になって収量が安定するのに5年かかるといわれている。経営を考えるなら植え替えのタイミングが大切だ。

「(主力のニューベリーAをあえて)ゼロにしてみようかとも思うんですが、品種を変えると棚を変えなければいけないので費用が問題ですね。うかつに植えると土地に合わない場合もありますし、仏通寺葡萄といえばニューベリーAと望まれるお客さんもいらっしゃいます。好奇心もあるし、変わった品種を求めるお客さんもいらっしゃるので、これからも新しい品種にチャレンジしたいとは思っています」。

後継者が見つからずやむを得ずやめてしまう農園を、一夫さんは出来る限り引き継いで伝統の産地を維持したいと考えているが、葡萄づくりはとにかく人の手がかかる。機械を使えるのは薬の散布や草刈りくらいで後は全て手作業。作業効率をできるだけ上げるために、各工程ごとに生育状況や時間などを見える化できるような仕組みも考えているという。

「どこまでできるか分からないけど、久和田農園を次に任せられる人を育てたい。農業は世襲制が多いですが、できれば世襲制にはしたくありません。どうしてもお互いに甘えが出てしまうと思うので。自分は55歳くらいで定年すると宣言しているので、それまでに任せられる人を見つけたいですね。今いる人だけで仏通寺葡萄を維持しろといわれても無理な話。葡萄を作りたいという若い子が来てくれるなら、喜んで研修を受け入れます。今手を付けている農園を継続してくれるなら、久和田農園という名前を変えてもらっても構いません」。

こんな形なら若い子も農業をやりたいと思ってくれるのではないか。そんな視点から、一夫さんは現場の環境整備に取り組み、新しい機械も素早く積極的に導入している。長い間仏通寺葡萄に親しんでくれている人たちに、これからも葡萄を届け、次代においても仏通寺葡萄が愛される存在であるためには、葡萄を作りたいという人を絶やしてはいけない。葡萄作りが魅力ある仕事でなければならない。そのために、古いやり方に固執せず、作り手目線で新しい時代の葡萄作りを模索している。


その3へ続く|8月3日(月)公開


『ひろしま食べる通信 Vol.14(2018年9月発行)』より特集記事を抜粋

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