あいち食べる通信|愛西市・田島さん夫婦でつくる「泥つき蓮根」物語(バックナンバー公開1/2)

▲左右に蓮根畑が広がる中、田島寛也さんと、その妻・沙紀さんの笑顔のツーショット

 食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。今回は『あいち食べる通信vol.3 (2019年9月発行)』で特集した、愛知県愛西市で「泥付き蓮根(レンコン)」を育てる田島蓮園さんの物語です。

 愛知県愛西市の旧立田村地区では、古く明治時代より木曽三川が運んだ肥沃な土壌で蓮根の栽培が盛んです。​農薬:栽培期間中不使用・化学肥料不使用・​田んぼ直送を掲げ、蓮根本来の美味しさを追求するため土づくりにこだわり蓮根を栽培しているのが、田島蓮園さんです。

 「小さい頃から農業をやりたいと考えたことはなく、田んぼの畦にいる昆虫を追いかけて観察していることの方が楽しく昆虫の研究者になりたいと思っていました(笑)」と語る寛也さん。大学卒業の際に就農か就職かの選択を迫られた際、14歳の時に亡くなった父が生前言っていた言葉「迷ったら人の選ばない方を選びなさい。その方が絶対に面白い人生になるから。」という言葉に導かれるように、自分しか選べない家業を継ぐという選択をしました。

「人生に寄り添う農業」の想いを胸に、農薬と化学肥料を使わない栽培を貫く田島さんの蓮根とは? 全2回分を一気に公開しますので、ぜひ最後までお楽しみください。

Profile田島寛也(写真右)
1994年3月3日、田島家の四代目として生まれる。戌年の魚座。趣味は座禅で特技は殺陣。学生時代は忍者のバイト!?をしていた。子供の頃は、両親が家業で多忙だったため、田んぼの畦で放置されていた。遊び相手は昆虫で、将来の夢は昆虫博士だった。14歳で父親が他界、家業の農家を継ぐことを意識し大学(和歌山大学)では経営学を学んだ。2018年6月6日に(株)田島蓮園を設立、代表取締役になる。

Profile田島沙紀(写真左)
静岡生まれ、横浜育ちの都会っ子。東京の大学(慶應義塾大学)では政治学を専攻。学生時代から農業に興味を持ち、農業関係の会社への就活をするなか寛也さんと出会う。卒業後は東京の有機食材などを扱う販社に勤めていたが、2018年7月、寛也さんとの結婚を機に愛西市へIターン移住。就農後、衝撃的だったのは「鮮度」ということの大切さ、素晴らしさだったそうだ。

その2はこちらから(寛也さん、沙紀さんのインタビュー記事です)


未来に向けて、いま知るべきこと

あいち食べる通信 vol.3

(2019年9月発行)


田島蓮園ではロータスホワイト種という蓮根を主に栽培している。
6月の終わりから7月の終わりにかけ清楚な白花を咲かせることが品種名の由来だ。

この世の景色です。AM05:07 7月26日

 黎明(れいめい)の畑から撮影は始まった。

 さて、今回のあいち食べる通信は、愛知県愛西市にある「田島蓮園」を取り上げる。取材先として興味を持ったのは、就職の決まっていた国立大出身の青年と、横浜育ちの都会っ子が不思議な縁で結ばれて、愛知の片田舎で蓮根農家として生きていこうと決意した、その経緯を知りたかったからである。さらには全国でも屈指の蓮根産地で、そのままの慣行栽培農業でも生計は立てられるのに、なぜあえて無農薬・無化学肥料というリスクのある栽培法を選んだのか?その理由も知りたかった。 

 今回の取材中にとてもシビアな話を聞いた。それは蓮根という植物の性質と大きく関わる話だ。国内には茨城、徳島、佐賀、愛知など、蓮根の有名な産地が点在する。そこで、どこの産地の蓮根生産者も本来は願ってはいけない想いを無意識にしてしまうという。それは何か?「他の産地を台風が通過し、自分の産地を台風が避けること」だそうだ。蓮根の茎は長く、しかも風に弱い。風になぎ倒されれば、それ以降は地中にある根、つまりは蓮根に栄養が行かずに成長が止まるという。結果は台風被害のなかった産地の買い取り価格は上がり、被害を受けた産地は大きな打撃を受けることになる。残酷な弱肉強食の世界だ。

 農業という生き方は理想だけでは成り立たない。いくら技術や経験があっても、計画通りにいかないことも多い。時には神仏のご加護を期待することもあるだろう。特に昨今の異常な気候変動下ではリスキーな産業というポジショニングだ。それでも取材した田島さん夫婦は前向きで明るく、屈託のない生産者だった。さまざまな角度から自由に正直にお話しを聞かせていただいた。

 このページの写真は、早朝の畑で花が咲くところを撮ったものだ。蓮の華が咲くときに「ポン!」と音が鳴る…あれは迷信だ。静寂のなかで白い蓮の華が咲いていった。目の前に広がる風景は、この世のものかと我が目を疑った。蓮根は泥のなかにありながら汚れに染まらず、無垢な白い華は「超俗のありよう」を想像する。同時に泥のなかから太った蓮根を掘り起こし、うまい!うまい!といただくのも、私たちの日々の性(さが)である。

 なぜか急に「おくりびと」という映画の食事シーンが脳裏に浮かんだ。納棺師のオヤジが主人公に語るセリフはこうだ。「ふぐの白子、炙って塩で喰うとうまいんだ…これだってご遺体だよ。生きものは生きものを喰って生きてる、だろ?死ぬ気になれなきゃ喰うしかない。喰うんなら、うまい方がいい。うまいんだよなぁ、困ったことに。」「うまいんだよなぁ、困ったことに。」という崇高で不埒で間抜けで幸せな感覚が、食べる行為の本質かも知れない。この、早朝の蓮根畑から、今日も田島蓮園の一日が始まる。

寛也です。沙紀です。私たち夫婦で、田島蓮園です。

 愛西市は、国内屈指の蓮根の町。創業70年余年の田島蓮園は、愛知の尾張名産の蓮根を栽培する農家である。田島蓮園のある愛知県愛西市の旧立田地区は、明治の頃より木曽三川が上流から運ぶ肥沃な土を恵みとし、蓮根栽培を生業とする農家が多い土地柄だ。蓮根栽培の起源は、近江を旅したひとりの住職が、蓮の華の美しさに心を打たれ、その種をもらい受け、この地で栽培したことといわれている。

 蓮根の穴を覗くと田島蓮園が見えた。地域にたくさんある蓮根農家の中から田島蓮園を取り上げた理由は幾つかある。1つ目は今回の主役、四代目の若き生産者である田島夫妻(田島寛也さん・沙紀さん)の、どこよりも美味しく安全な食材を育てたいとの想いだ。田島蓮園では土を元気にし、病害や虫害に負けない蓮根づくりをすることで、化学肥料や農薬に一切頼らない栽培を実現している。具体的内容は、後述する。

 2つ目は田島蓮園という会社の姿勢と代表取締役である寛也さんの人柄に編集部が惚れ込んだことだ。寛也さんは経営理念として「人生に寄り添う農業」を掲げている。自身と関わる人たちや社員さんとの関係性を、寄り添い、信頼し、補い合う大切なパートナーとして位置づけている。よくあるただの夢追い人ではなく、農業が創造できる価値、ビジネスとしての可能性、次代を担う後継者の育成から食卓と生産者をつなぐ試みまで、さまざまな課題に対してしたたかに、果敢に、冷静に立ち向かう若き事業家としての一面を兼ね備えた生産者だ。

蓮にまつわる、文化史は存在すると思う。

 3つ目は田島夫妻が、蓮そのものはもちろん、蓮をとりまく文化全般にとことん惚れ込んでいることを挙げておきたい。蓮は食材となる地下茎はもちろん、花はお盆の仏花(お供え)やお茶づくりに、葉も料理や儀式などで使われる。知れば知るほどおもしろい世界だ。沙紀さんが「私は蓮が好きです。奥が深いんです…深すぎて、深すぎて。」と笑いながら語るのが印象的だった。

 田島蓮園は設立時から真面目で愛される日本の蓮ブランドを目指している。栽培の合間には四季折々のイベントやアジア新興国での農業指導など広義での蓮根づくりに夫婦で励んでいる。「蓮文化を通じて健やかで楽しい人生を育む」ことの体現者だ。


その2はこちらから(寛也さん、沙紀さんのインタビュー記事です)


『あいち食べる通信 vol.3(2019年9月発行)』より特集記事を抜粋

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