話題沸騰のグラスフェッドバターはどうやってできているの?―なかほら牧場2泊3日体験記

東北食べる通信に1ヶ月のインターンとして参加した、長野県で農業法人につとめている荒井美波さん。2019年2月から3月におよぶ滞在の中で、数々の生産者を訪れ、取材や体験をおこなってきました。

数ある訪問先の中で、荒井さんが特に印象深かったという、岩手県岩泉町のなかほら牧場。

荒井さんの体験記をお届けします。


なかほら牧場 2泊3日滞在記

 

「満点青空レストラン」や「マツコの知らない世界」など、数々のメディアで紹介され、話題沸騰中のグラスフェッドバター。この高級バターはどうやってできているのだろう?という疑問から、岩手県岩泉町にあるなかほら牧場に2泊3日の体験に行ってきました。

町の中心地から車に揺られること45分。その道がどのように牧場につながっているのか、想像がつかないまま山道を登ります。ところどころに崖の方へ折れ曲がったガードレールや崩れたままの道路。平成28年の台風10号の爪痕は、3年たった今も被害の大きさを物語っていました。長い道のりを行き、左右にちらほら牛が見えてくると、いよいよなかほら牧場に到着です。その日は施設の案内を受けて就寝。翌朝に備えます。

 

牛に「おはよ~」―なかほら牧場の朝

夜明け前の冬の朝。6時に搾乳舎に集まり、山でそれぞれ気ままに寝ている牛を搾乳舎に連れ帰る「牛追い」からなかほら牧場の一日はスタートします。「牛追い」と聞くと、牛を追いかけまわすのだろうか?牛はそんなに手に負えない生き物なのか?など、言葉から連想するイメージが次々湧きだしますが、実際はいたって穏やかなものでした。牛たちに「おはよ~帰るよ~」と声をかけながら山を歩きます。聞きなれたスタッフの声を聞けば、牛はすんなり立ち上がり、搾乳舎に向かって山を下ります。途中どうしても立ち止まってしまう牛や、水飲み場に立ち寄る牛には「○○(牛の名前)、帰るよ~」と再び声をかけ、一緒に山を下ります。「牛は仕事のパートナー」というなかほら牧場では、牛一頭ずつに名前がついていて、スタッフは瞬時に顔を見分けて名前で呼びます。まるで人と同じように話しかける姿から、アニマルウェルフェアを実践する農場の本質が見えました。

やってみないとわからない―研修生に与える仕事

すべての牛とともに搾乳舎に着くと、「搾乳教えます」とスタッフから一言。「え?」そんなに重要な仕事を私にできるのだろうかと、戸惑いました。牛をまともに触ったことすらなく、酪農の「ら」の字も知らないのです。間近で見ると牛は大きく、力強い。初めての牛に圧倒されながらも、初めての搾乳体験です。まず、入ってきた牛の名前を確認し、一覧表から健康状態を把握します。それから、乳頭を温かいタオルで清潔にふき取り、しっかり乳が出るかどうか、手で搾って確認。問題がなければ消毒して、搾乳機を装着します。搾乳が終わると、乳量を確認して、再び放牧です。初めて触った牛はとても温かく、当たり前だけれど一頭一頭全然違いました。身体の大きさや顔つき、気性も様々。出てくる乳は温かく、牛乳は生き物からいただいているものなのだと初めて実感しました。
なかほら牧場では、たとえ2泊3日という短期間の研修生でも、牛に直接触りそれが商品になるという重要な工程、搾乳を仕事として与えられます。「触ってみないとわからない。責任をとらないと学べない」。スタッフは研修生の責任も背負いながら、丁寧に、真剣に酪農の仕事を教えてくれました。午前10時、ようやく全頭の搾乳が終了。少し遅めの朝食をスタッフの方と一緒にとります。この後は15時まで休憩。牛の搾乳に合わせた勤務時間です。

山を守る酪農―中洞正さんの教え

午後、研修生は牧場長・中洞正さんの講義を受けます。朝の仕事から、牛乳とはこうやって出来ているのだと納得していたのも束の間、なかほら牧場が実践している自然放牧は、全体の0.05%にも満たない5〜6戸であると知らされます。牛乳のパッケージなどで見かける青空と草原と牛のイメージとは裏腹に、実際は工業型畜産と呼ばれるような牛舎内での密飼いが主流であるという現実(放牧イメージがつよい北海道の部分放牧・夏期放牧を入れても、放牧は全酪農家15,700戸の3〜4%)。自然放牧の山地酪農は、牛乳を搾るという点だけ見れば非効率な方法です。しかし、「俺が教えているのは酪農じゃない」という中洞さん。山地酪農は山を守る酪農。気ままな牛たちが草を食べることで山を整え、崩れない強い山をつくるというのです。実際に、平成28年の台風10号による大規模な土砂災害があった岩泉町ですが、なかほら牧場の山は少しも崩れませんでした。たしかに、ここに来るまでの道中では被害の痕をいくつも目にしましたが、牧場に近づくにつれて、その痕はなくなっていました。牛が草を食べることによって手入れされた山には野シバの強い根がはりめぐらされ、それが豪雨を吸収するスポンジの役割を果たしたのです。なかほら牧場が実践する山地酪農は、牛とともに山をつくる酪農でした。

グラスフェッドバターは副産物―なかほら牧場の価値

「幸せな牛から美味しい牛乳」という中洞さんの信念のもと、牛たちはのびのびと生活していました。自然放牧という環境で、山清水を飲み、農薬や化学肥料はもちろんのこと、有機肥料すら必要としない野草を食べて母仔で健康に暮らす牛からつくられるグラスフェッドバターが美味しいのは言うまでもありません。今回の短期研修では、酪農とはどんな仕事なのか、牛乳はどのように得られるのかを実践を通して学びました。正直、生き物を相手にする仕事は大変だと痛感した場面もあります。しかし、それ以上の学びはそのあと、中洞さんの講義にありました。牛はともに山を守る仕事仲間であり、その牛から得られる乳は副産物にすぎないのです。「すべての源泉は山である」と中洞さんは言います。わたしたちが普段取り入れている水も、空気も、田畑や海さえも。すべての源泉である山を守るなかほら牧場の人と牛。そこから美味しくて、しかも健やかな牛乳やバターが生まれていました。

 

なかほら牧場では、年間300名以上の見学・研修生を受け入れています。やっていることに自信があるからこそ、開かれた牧場です。宿泊施設や作業着の貸し出しがあり、申し込みをすれば1日の見学から長期の研修まで、いつでも体験することができます。今回、わたしは東北開墾のインターンの一環で研修に参加しましたが、もともと酪農に興味があったわけではありません。これからも一消費者としてしか牛乳に触れることはないと思います。それでも、行ってみてこそ、酪農に縁がない人ほど訪れてみてほしい場所だと思います。

東北食べる通信

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