地域には隠れた多くのヒーローがいる。『長島大陸食べる通信』編集長の井上貴至さんは、そんな全国各地のヒーローを自腹で訪ね歩く熱心な若手官僚だ。2015年4月に鹿児島県の長島町に赴任し、30歳で副町長に。おやつを常備した副町長室では、誰もが自由にお茶を飲みながら町を語るという。井上さんと考えるまちづくりは、ワクワクして楽しい。長島大陸がいざなう「食」の世界の探検は始まったばかりだ。
――井上さんが長島町に赴任されたいきさつを教えてください
僕は人に会うことが大好きです。総務省に入省した最初の年に愛知県に赴任し、地元の人と仲良くなりました。地域には隠れたヒーローがたくさんいます。そういうヒーローに会いたくて、全国各地を訪ね歩いてきました。地方分権や北朝鮮拉致問題の報道担当という仕事をしながら、週末になると地域のヒーローに会いに行く。
そのなかでひとつ気づいたことがありました。彼らはすごく面白いことをしていますが、自分の地元や業界しか知らないのです。ミツバチが花粉を運ぶように、地域にもミツバチが必要だと思いました。業界や地域を超えて、素敵な人たちをつないで新しい花を咲かせたい。僕は地域のミツバチになりたいと思っています。
地方創生の動きが出てきた時、僕も提案させていただきました。地域に必要なのはお金よりも、地域と外部をつなぐことができる人材だと思います。それをカタチにしたのが「地方創生人材支援制度」で、5万人以下の市町村に官僚や民間の人材を派遣する仕組みです。この制度の画期的な点は、市町村側から手を挙げてやりたいことを明確にリクエストできること。僕はこの制度の第1号のプレーヤーとして、2015年4月に総務省から長島町に派遣されました。
――長島町に初めて来た時の印象はどうでしたか?
地方の現場で仕事をしたいとずっと思っていたのですが、長島町に来るまでは不安でした。僕は地域のミツバチとして多くの方々のプロジェクトをお手伝いしてきましたが、実際に自分が地方に住んで現場の課題に取り組むのは初めてだからです。長島町のみなさんは本当に長島が大好きで温かい。歓迎の花火まで打ち上げていただいたのには驚きました。
長島町には花がいっぱい植えてあります。徳島県神山町や長野県小布施町など、いろいろなまちづくりがあってそれぞれ取り組みは違いますが、ひとつだけ共通するのは花がいっぱいあることです。みんなで町を美しくしたいという心の現れなのでしょうね。
一方で、地域にいる人だけで地域づくりをしてきたので、長島町にも閉塞感はありました。地元の人だけで地域づくりをすることはなかなか難しいんです。同じようなメンバーで同じような議論をしたら、どうしても発想が似通ってしまうし、隣の係長にしかパスが回せない。何事も一番いい人にパスを回したほうが解決しやすいので、そこには新しい風が必要だと思います。
従来の地方行政はいかに補助金を取って配るか、道路や橋を造るか、そういう発想しかなかったんですね。全部ダメとはいいませんがバランスの問題で、それ以外にも町としてできることがたくさんあります。補助金頼みではなく、国や県のほか、民間ともしっかりと組んでいろいろなチャネルを増やしていくことが大事です。
――副町長室の壁には名刺がたくさん貼られて、いろいろな新しい風が入ってきていますね。地元の人の変化はどうですか?
僕が最初に取り組んだことは3つです。
この3つのなかに地域づくりの鉄則が入っています。本来、地域づくりは楽しいことなんですよ。みんなで楽しく語り合うこと、それが地域づくりで一番大切です。
アイスクリームは自腹で買っています(笑)。一緒に飲んだり食べたりすると、いろんな話が出てきやすくなるので雰囲気づくりが大事ですね。仕事じゃなくてもふらりと来た人が数人でお茶を飲んだり、中学生も時々やってきます。ホワイトボードがあれば、話を整理して、思いついたことをその場ですぐに書ける。意見に対するフィードバックもしやすくなります。壁に名刺を貼るのは、内と外とのつながりを可視化するためです。
地方創生の話でいえば、長島町は超スピード感があるんですよ。びっくりするぐらい。それぞれの人が持つ強みを生かしながら進めています。メディアで話題になった「ぶり奨学金」は、役場だけでやろうとしたら20年経ってもできなかったと思います。金融機関が持つノウハウは役場ではわからない。そういうチームづくりが地域での僕の役割です。
――「食べる通信」の存在はいつ頃知ったのですか?
『東北食べる通信』が創刊した頃からずっと気になっていました。地方に行ってやりたいことのひとつですよね。長島町でも「食べる通信」を立ち上げる仲間を募ったところ、多彩なメンバーが集まりました。農家さんや漁師さん、デザイナー、金融機関の支店長、商工会の関係者、学習塾や会社の経営者、主婦、陶芸家など。いいチームができたと思います。編集部は役場の5階にあります。
長島町の一番の課題は何かと考えた時、農業や漁業は卸売りの大量販売が中心で、他の生産地の動向によって収益が左右されたり、後継者が減少しています。だから個人向けのブランドづくりが必要だと思いました。様々な手法があるなかで、「食べる通信」はしっかりとファンを作り、生産者の物語を届けることができます。それはブランドづくりには不可欠です。
『長島大陸食べる通信』はいい仲間に恵まれました。粘土で長島大陸の地図を作ってくれたり、写真が好きな人は写真を撮ったり、メンバーがお互いに支えあって、自発的に動いて進めてくれる。「長島大陸」というひとつの枠組みでみんなができることをやっています。僕も嬉しいし、とてもやりがいがあります。
――なぜ『長島大陸食べる通信』と名づけたのですか?
長島といえば、どうしても長島スパーランドが先に出てしまうんです(笑)。「長島国」ではいまいちピンとこないし、「長島大陸」がいいなと。長島は起伏に富んだ地形で、「大陸」という言葉には大地のパワーや情熱、奥深さ、そういうものを表現できる力強さがあると思います。今は議会でも「長島大陸」と言いますし、町内にかなり浸透してきました。
長島町は出生率が2.0以上、食料自給率も100%を超えています。自然エネルギーも風車や太陽光でまかなえて、島のなかで暮らしが完結できる。まさに大陸だと思います。
要は何にアイデンティティを持てるかということ。長島の場合、橋でつながっていますが、島であることにアイデンティティを持ちやすいと思います。「長島大陸」も、「ぶり奨学金」もネーミングは大事ですね。「ぶり奨学金」の仕組みは「食べる通信」を超えて、グッドデザイン賞の大賞を狙いたいと思っています。
――発行元の株式会社JFAについて教えてください
発行元のJFAは、日本で初めての漁協の株式会社です。「ジャパンフードアルティザン」の略だと僕たちは言っていて、「日本の食の達人の集まり」という意味です。自治体として町が「食べる通信」を発行することも可能ですが、今後のブランド展開を視野に入れた場合、発行元は漁協の株式会社のほうがいいと思いました。メディアミックスがしやすいからです。『長島大陸食べる通信』で取材した写真やコンテンツがECサイト「長島大陸市場」にも連携できます。うちは「食べる通信」におかわり機能をつけないかわりに、大陸市場に誘導する形をとっています。
漁協の株式会社を立ち上げたことで、生産者にも新たなメリットがあります。養殖や近海漁業で魚が獲れすぎた時、本当は漁協がそれを買いたいけれど、漁協が運営する市場のセリで漁協自らが買うことは法律違反になります。これからはJFAが買い支えることができるので、漁師さんの所得も上がるのです。
また、農協が合併して出水市にあるので遠くて、どうしても意思決定が遅いんですよ。農協は構造的に農家支援よりも、金融や手数料、葬祭、スーパーなどの事業がメインなので、ブランドづくりや販売の面で弱い部分があります。せっかく漁協の株式会社をつくるならば、海産物だけでなく、農産物や焼酎など、いろいろなものを扱うほうがいい。お歳暮にブリとみかんのような組み合わせもできます。
『長島大陸食べる通信』の創刊号はブリで、第2号はデコポン。農協を通さずに売る仕掛けです。それによって、農協が自分たちも何かやろうと火がつけば一番いいと思います。たとえ火がつかなくても、農家さんの所得向上が大事なことなので、いろんな販売ルートをつくっていく。その一環として漁協の株式会社を立ち上げたのです。
長島の東町漁協は世界一のブリの養殖で有名です。何でもすごく熱心で、投げたボールは必ず返してくれる。前進なき現状維持はありえなくて、挑戦することを掲げています。打てば響く環境があることがとても嬉しいですね。
――「食べる通信」の仕組みは、事業としてどうですか?
「食べる通信」単体の事業としては、儲かるわけではないです。でも、儲からないことを一生懸命にやれる大人がたくさんいるって面白いと思います。ランニングコストでは送料が一番のネックですね。創刊する際に『東北食べる通信』と同じ講読料2580円も考えましたが、長島の場合、送料が1000円はかかるからしんどい。だから3780円にしました。創刊号の読者は約210人です。僕やメンバーの知り合いや口コミが多いです。
長島には帰れないけど応援したいという出身者が購読するケースもあります。でも、県人会やメディアからの流入は思ったよりも少ないです。県人会は50~60代以上が多いので、モノがないと仕組みがわかりづらいのかもしれません。知ってもらうことと、買ってもらうことは違うので、やっぱりハードルは高いですね。
『長島大陸食べる通信』をこれからどうスケールアウトしていくか。うちの場合、読者が200人ではまだ赤字なので、まずは500人を目指します。読者の間口を広げるためにも、「食べる通信」の仕組みをわかりやすく一言で説明できればと思います。
「食べる通信」は知らない人に説明するときに苦労します。食べもの付き情報誌といっても今までそういうシステムがなかったから、ピンとこない人が多い。「食べる通信」を通じて、ファンコミュニティが育まれていくところが一番素晴らしいのに、そこがなかなか伝わらない。どうしたらもっとわかりやすく説明できるか工夫が必要です。
――『長島大陸食べる通信』の今後のビジョンは?
僕がいなくても現場がうまく回る仕組みを作り、長く続けていくことが大切ですね。編集長を務める僕は将来的に、いつかはいなくなる。それが他の「食べる通信」と違う点です。
「食べる通信」から生まれる組み合わせの可能性はたくさんあると思います。たとえば、長島町はクックパッドと連携して、クックパッドで「ブリ」と検索すると長島町のレシピがたくさん出てきます。そこから『長島大陸食べる通信』や、「長島大陸市場」にもリンクして地元の魚や野菜が買える流れにしたい。うちのECサイト部門には、ネット販売のプロフェッショナルである土井君という強力な助っ人がいます。
――「食べる通信」のなかでも、自治体が中心になっている事例は長島大陸だけですね。
自治体がかかわることによって、中学校にも『長島大陸食べる通信』を配布しています。地元の人はむしろ、無料でもいいから読んでもらいたいと。中学生に配ることで自分のお父さんや町の人たちがどんなことをしているか伝わるので、職業教育や後継者の育成にもつながります。「夏休みになったら僕も取材したい」という声が子供たちから出てきたら嬉しいです。
「長島町内で対立はないんですか?」と時々、聞かれることがあります。僕はそもそも対立が生まれるようなアジェンダを選ぶのではなく、みんなが楽しく取り組みやすいアジェンダを選ぶことが地域づくりの要だと考えます。そういう意味で「食べる通信」は取り組みやすい分野ですね。いろいろな人に役割があって、少しずつかかわるなかでみんながハッピーになっていく。地域づくりには一番いいツールです。
――「食べる通信」の創刊を考えている人や、行政関係者に何かアドバイスは?
行政の縦割りのなかでやれることをやるのはいいのですが、新しい取り組みには横のつながりが必要です。「食べる通信」の場合、いろんな人が入ってきても共通の目標があるから、自然に横のつながりが生まれやすい。2~3ヵ月でひとつの成果物が生まれるので、わかりやすく可視化することができます。設備がいるわけでもなく、事業リスクも少ない。小さく始めるならば最初は100万円あれば充分です。
長島の場合、車に15分乗ればどの現場にも行けます、編集部と生産現場が近いというメリットは大きいです。『東北食べる通信』のように広域でやるならば、卓越した編集長でなければ難しいでしょう。本当は市町村とか、もっと狭いエリアの「食べる通信」が増えたらいいと思います。
(取材・文 高崎美智子)
■プロフィール
井上貴至(いのうえ・たかし):1985年、大阪府生まれ。東京大学法学部を卒業後、総務省に入省。地方分権や北朝鮮拉致問題の報道を担当。2015年4月に総務省から鹿児島県長島町に派遣されて副町長に選任。地域課題に着目した「ぶり奨学金」の創設など、斬新かつユニークな施策で町の活性化に奮闘中。同年12月に『長島大陸食べる通信』を創刊。
※『長島大陸食べる通信』はその後、新編集長に交代しています。
このインタビューは2016年3月3日に掲載したものです。