【バックナンバー公開】伊豆食べる通信「白あわび茸 」(エリンギ)の先駆者/増島農園物語

▲本稿の主役・増島健太郎さんとその奥様・暁子さんとの笑顔のツーショット

 食べる通信で過去に特集した記事をご紹介する「バックナンバーアーカイブ」。今回は『伊豆食べる通信 2019年10月号』で特集した、静岡県伊豆の国市原木(ばらき)で『白あわび茸』(エリンギ茸)を育てる増島農園の増島健太郎さんが主役の物語です。

 実は、この増島農園さん、皆さんご存知「エリンギ」の先駆者。35年前、当時の日本では知名度がなかったエリンギ茸を栽培し始めて、「白あわび茸」として日本で初めて流通に乗せました。「誇り高い百姓であれ」という先代の言葉を胸に、こりこりとした食感と豊かな風味が特徴で、安心・安全な白あわび茸を今も栽培しています。

 例えば、菌床には静岡県産の杉などのおが粉を使っています。より自然に近い形で菌床を作ることによって、安心安全を具現化させています。また、菌は生き物なので、温度や湿度のちょっとした変化にも反応してしまいます。菌の周囲を一つひとつ目視、怪しいものは臭いを嗅いで、品質を確認します。その日数は1年間に364日。ほぼ毎日休まずにこの作業を行います。それが、増島農園に受け継がれる「百姓品質」です。

 全文を一気に公開しますので、ぜひ最後までお読みください。


伊豆食べる通信 2019年10月号

1年364日の百姓品質。

伊豆の国市原木(ばらき)の「白あわび茸」(エリンギ茸)


伊豆が育てた「白あわび茸」/ 先駆者の味

 伊豆の国市原木(ばらき)。三両編成の電車がのどかに走り抜け、青々とした田んぼに白鷺が舞い立つ。そんな田園風景の中に増島農園はあります。 代表の増島健太郎さん、奥様の暁子さんの案内で農園の見学をさせていただいたのは8月上旬のこと。 

 増島農園が茸の栽培を始めたのは1982年。今から35年以上も前のこと。元々はいちご等を生産する農家から茸農家に転身し、その4年後には白あわび茸の栽培を開始しています。 

 今でこそ当たり前にスーパーマーケットに並び、知らない人はいないほどの知名度を持つエリンギ。しかし元々はヨーロッパを原産とする茸で、イタリア料理やフランス料理では馴染み深い食材ではありましたが、日本での知名度はほとんど無い状態でした。しかし先代・増島正昭さんはその歯ざわり、味わいに惚れ、栽培・販売に乗り出します。

 日本でのエリンギ栽培の先駆けとなった増島農園ですが、栽培方法の確立、そして安定した収量を得るまでには何年もの苦労がありました。栽培の温度や湿度、水分量などを何百通りもの条件で試行錯誤する中では成長段階で全滅させてしまうこともあったそうです。しかしながら生産者仲間との協力、そして何よりも正昭さんのたゆまぬ努力と情熱で、増島農園の白あわび茸は「作れば作るだけ売れた」と言うほどの成功を収めたのです。 

 現在では特定のスーパー、レストラン等から指名を受けて出荷するほどになった増島農園の白あわび茸。毎日100キロ強の出荷量と聞くと驚きますが、茸農園としては決して大量生産・大量出荷とは言えない収量なのだそう。

 増島農園の工場の向かいには黄金色の小山がそびえています。近くによるとふわりと木のいい香り。そう、菌床栽培の培養地となる杉のおが粉(おがこ) の山です。 

 通常、菌床栽培の培養地として一般的なのはトウモロコシの芯を砕いた「コーンコブ」。コーンコブを使用する栽培は収量も多く栽培期間の短縮にもなりますが、増島農園ではこのコーンコブを使用せず、間伐材を用いた杉のおが粉を使用しています。輸入品が主流のコーンコブではなく、静岡県内の業者から仕入れる杉のおが粉を使用することで、その味わいはもちろん食の安全・安心にも配慮しているのです。「オーガニック」や「自然食品」という言葉が定着した現在、私たち消費者にとっても関心の高い食の安全・ 安心。しかしながら、まだそのような意識が一般的 ではなかった時代から食の安全・安心を視野に農業 をしていた正昭さんは、まさに時代の先駆者だったのかもしれません。

1年364日の百姓品質

 増島農園の白あわび茸の生育期間はおよそ60~90日。培養地は先述のおが粉、おから、そして水。それらをかく拌して瓶に詰め、100度以上で6時間の殺菌消毒。茸栽培は茸そのものが菌ですから、その他の菌が混じっていることは許されません。また、茸栽培は無農薬が原則でもありますので、この最初の殺菌消毒は非常に大切です。

  茸は成長段階により適正とされる温度や湿度が変わるため、成長の過程でいくつもの部屋に分けて栽培を行います。 菌打ちをされてから培養室、芽揃室(めぞろえしつ)、発生室と、温度や湿度が異なる部屋に移りながら成長した白あわび茸はひと株ひと株、1本ずつ、手作業で収穫されます。発生室に移してから収穫までは2~3日ほど。 室温を低めに設定してじっくりと成長させた白あわび茸は、瓶から飛び出してにょっきりと、実に立派な姿です。 収穫を担うのはこの道数十年のベテランスタッフの皆さん。手際よく、しかし生育の状態を見極めながらてきぱきと収穫を行います。 

 菌を打ったあとすぐの菌床を入れる培養室は、例えるならばお母さんのお腹の中だと、暁子さんが教えてくれました。 この時点で菌床に異常のあるものは廃棄していきますが、目に見えるものだけでなく目に見えない変化・・・例えばその臭いで、目に見えない敵を見つけるのが健太郎さん。他の雑菌を持った菌床はそれ自身のみならず周囲にも影響を及ぼすため、健太郎さんは1年364日、毎日朝晩の見回りを欠かしません。 (お正月だけはお休みだけれど・・・たぶん見に行っているとは思う、と暁子さん談) 

愚直にやれ。誇り高き百姓なのだから。」増島農園のウェブサイトのあるページには、先代・正昭さんの口癖だったというこの言葉が大きく書かれています。百姓の心と感性を未来にと副題のついたページにはこんな文章が続きます。

人様の口に入るもの、それを大切に誠実に一生懸命作るという精神は、今、私たちが守り伝えて行くべきものです。増島農園は、百姓品質。誇りを持ってきのこ作りをしています。

消費者にもっともっと近づく。 新しい農業のカタチ

 農業・農家は、大地から作物を育み、出荷し、それがどこかの誰かの口に入る。栄養となり、誰かを生かす。しかしながらこれまでは、ほとんどの場合、それが誰の口に入るのかを知ることはできませんでした。それは消費者も同様です。 

 けれども現在、インターネット等のインフラを通じて、様々なメディアを通じて、農家と消費者が直接的に結びつくことができる時代になりました。 増島農園ではウェブサイトはもとよりソーシャルメディア、そして様々なイベントを通じて消費者との交流を熱心に行っています。 

 “生きていくため、人は「食べること」をやめることはできません。だからこそ、人の基となる食べるモノを作っ ている私たちは、もっと消費者に「近く」ならなくてはなりません。作る側と買う側のシンプルな距離の近さ。 それが、新しい時代に新しい形で実現しようとしています。

 ウェブサイトに綴られた言葉からは茸農家としての責任と誇り、そして栽培の先駆者であった先代から受け継がれた開拓者の精神が垣間見えます。 

 さて、増島農園の工場を出たところには、小さな無人売店があります。 

 本誌を通じて増島農園を知ってくださった皆さん、もし近くを通りかかることがあったら・・・ぜひ街道を一本入って、寄り道してみてください。ちょっぴりアナログな方法ではありますが、少し小ぶりでとんでもなく新鮮で美味しい「白あわび茸」に産地からゼロメートルの距離で出会えるかもしれませんよ。

以上


『伊豆食べる通信 2019年10月号』より特集記事を抜粋

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