テレビ局のコンテンツ制作力を活かし、食を通じた地域貢献を目指す −−『築地食べる通信』発行人・吉澤有

2015年春、日本の食の中心地、築地を舞台として創刊された『築地食べる通信』は、大手メディアが運営している点、つくる人と食べる人の間に「目利き人」を介在させている点などで異彩を放つ存在となっている。その発行人であり、食のお取り寄せ番組『虎ノ門市場』のプロデューサーでもある吉澤有さん(40)が目指すところとは。

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■「そうだ、築地がある」から創刊へ

——『築地食べる通信』は、大手メディアであるテレビ東京(テレビ東京コミュニケーションズ)が運営している点も含めてやや特殊な『食べる通信』だと感じます。『虎ノ門市場』という食の情報番組をつくってきた吉澤さんが、築地からこの媒体を創刊するに至った経緯を教えていただけますか。

『虎ノ門市場』は、日本各地の食品を取材し、販売する事業ですが、築地はその放送ラインナップのなかでも定番のひとつで、僕も取材者として密接におつき合いしてきました。そのなかで、2016年秋の築地市場移転話がありまして。この街のにぎわいは保てるのかという課題が以前からありました。我々にとっても、これまで築地に助けてもらってきた身として人ごとではなかった。

その一方で、『虎ノ門市場』自体の事業の変革も模索していました。食品通販を主な収入とする番組ですが、我々の生業である「コンテンツをつくる」力を活かし、食を通じた地域貢献、街おこしというような方向に転換できないかと。それだったら、まずは築地じゃないかと考えたんです。

地域貢献といっても、僕らはどこかの地域に属しているわけでもなく取っかかりがないな……と思っているなか、考えてみれば、すぐそこに食の中心地があった。築地って商品はもちろん一流ですが、そこで働く人たちや、街全体の雰囲気も非常に魅力的なんです。商品を売るというより、築地という街そのものや、人をコンテンツとして世に伝えていくサービス事業を考え始めていました。

——『食べる通信』は、そのような状況のなかで偶然にお知りになったのですか。

そうです。2014年11月かな、僕の知人が『東北食べる通信』の熱心な読者で、生産現場にまで行ったりしている様子をFacebookで見て、高橋編集長を紹介してほしいと頼んだんです。ただそのとき興味を持っていたのは、「食べる通信」よりもCSA(Community Supported Agriculture。地域社会で支える農業)でした。僕ら自身も食品通販の事業をやっているため、定期的に長いつき合いが可能なCSAという仕組みに興味がわいたんです。それで高橋さんの座談会に参加して、その思いを伝えました。

その話のなかで、築地とつながっていったんですよね。確か僕からではなく、高橋さんのほうから「東京で『食べる通信』やったらいいじゃん」と言われて。彼にどこまで深い考えがあったのかは知りませんが(笑)、僕はそう言われて「そうだ、築地がある」と。

■築地には守るべき尊さがある

——その発想は、きっと吉澤さんのなかで温められていた築地構想がすでにあったからこそなんでしょうね。従来の「食べる通信」の仕組みの中からは、築地の食の目利きを介在させて創刊するという発想は、生まれてこないと思うんです。

yoshizawa-tamotsu-2そうですね。ただ、実際に企画書をつくり、日本食べる通信リーグの事務局に提案する段になったら、結構もめるにはもめました。「食べる通信」がそもそも「つくる人と食べる人を直接結ぶ」を前提としているのに対し、「築地を介して知っていただく」という応用形になるわけですから。

僕は、築地にいる目利きの人とか、問屋業として特定の食材に一生を捧げた人の話って、取材していてすごくおもしろい。そういう人たちを通じて生産者を知ることは、東京に住んでいてふるさとを持たないたくさんの人たちにとって、入り口になると思うんです。東京には築地という食の中心地があり、そこには、ああいう対面販売の仕組みがある。

——確かに。築地の特徴は、まさに対面販売ですね。

そう、この対面がポイントです。築地の街は特別なんです。「いいサンマ入ったよ」というそのサンマのすすめ方ひとつにしても、「気仙沼で獲れたサンマで、まだ脂のっていないけれど、煮物にするなら今が一番」とか。「もう2週間も経ったら脂ののったやつが入るよ」とか。そういう会話が、興味関心を抱かせる入り口として充分に機能を果たしている。それって、そこにいる食の目利きの力なんです。スーパーで食材を選ぶのと、こういう築地の専門店で会話しながら選ぶのとでは、そこから先の食べ方からして変わってきます。

昔はどの街にもちょっとした商店街があって、肉屋さん、魚屋さん、乾物屋さん、お米屋さん、そういう小売り専門店が街、街にあり、つくる人、食べる人のハブになっていたと思うんです。でも、その仕組みが変わった。大型店舗化し、商店街が少なくなった今、つくる人と食べる人が離れたという社会状況があります。そのなかで80年近く、今もなお対面販売を続けている築地の街って、尊いなと思うんです。守っていかないといけないと思う。

そういうところが、『築地食べる通信』を始めるに至った思いです。確かに応用形ではあるけれども、僕は「食べる通信」の理念に間違いなく沿っていると思っていたし、『虎ノ門市場』として将来的に地域に貢献していくことにつながるサービスだとも思った。

■『虎ノ門市場』と「食べる通信」は一緒

——『築地食べる通信』には、築地の目利きの特集記事があり、その向こうにいる生産者の特集記事がある。この二大特集が特徴ですよね。

どちらもおもしろいんですよ。たとえば、かつお節専門店。いろいろなところから、あらゆる種類のかつお節がここに集まってくる。そして、なかでも信頼関係の深い生産者を紹介していただき、我々はそこへ飛んでいきます。そっちはそっちで、また違う世界がある。

——発行人である吉澤さんご自身も現地へ行っているのですか。

行きますよ。現地に行かないと見えないことが、いくらでもあります。かつお節の原料のかつおだって、僕は築地で売られているような上質なものなのだから、近海で一本釣りされた厳選ものなんだろうと思っていたら、まったく違った。赤道直下で獲られたものが、大型船で運び込まれていたんです。それですら、世界的に魚が不足している現在の状況では、入ってきづらくなっているそうです。

——『虎ノ門市場』の番組制作でも、生産現場の取材をずっとされてきたと思いますが、今、誌面制作で現場に行かれるようになって、新たに見つけたおもしろさはありますか。

yoshizawa-tamotsu-3取材の仕方は、映像であれ紙であれ、基本は一緒です。ただ、「誌面はよりディテールが伝わる」という感触はあります。それは、ターゲットの違いも大きな理由です。テレビは、初見の人、見ようと思って見ているわけではないお茶の間の人にもわかるようにつくっている。一方でこの冊子は、「築地を好きな人」を明確にターゲットにしていますから、深いところから話を始められます。当たり前ですけれど、紙媒体は手元に残る。その意味において、「流して、そのときに見られなければおしまい」の番組とは違いを感じます。「細かく取材して、正確に伝える。それをなるべく関心のある人に届ける」ことができるのは、紙媒体の特徴です。

ただ、『虎ノ門市場』という番組は、スタジオで商品を紹介して売っていく、いわゆるテレビ通販とはちょっと違うんです。現地に行き、ドキュメントテイストで生産者のこだわりを伝える。いわば食文化を伝えるコンセプトでとしてやっています。食品通販は食品通販ですが、コンテンツをつくるというところをすごく大切にしています。

モノだけの流通では、食べものの「裏側」は伝わってこない。おいしいか、まずいか、それだけです。それに対してうちの番組では、こんな地域で、こんな人が、こんな思いでつくった食材であると伝えている。それを実際に体験してもらう場として、通販の仕組みを備えているわけです。食の背景を知って、その食べものを食べる体験をすることで、初めてその情報が昇華する。これって「食べる通信」と同じなんですよね。

——本当ですね。根っこはまったく同じなのだと、伺っていてよくわかりました。

今、僕はテレビを使った食品通販をやり、そのなかの新規事業のひとつとして『築地食べる通信』という誌面コンテンツをつくり、食の体験をしてもらったり、生産者とのつながりを持ってもらったりしているわけですが、これ、僕のなかでは違和感がないんです。社内でもこの事業は理解してもらっていて、もめたということが、実はあまりありません。

■読者の築地行きを推進する「券」

——創刊からこれまで、手応えを感じているのはどの部分ですか。

購読者数は、思ったようには伸びていません。「築地から毎月おいしいものが届くサービス」だと思ってしまう人が、やはり多いようで。でも、そうではないんですよね。食材はあくまでもおまけ。それがついてくる情報誌なんです。今、一般的に築地ファンといったら「おいしいお店に行って食べて帰る」だけの人が圧倒的に多いんです。そのなかの本当に一部の人だけが、築地の食材の問屋さんで、乾物とかお肉とかを買い求める。僕らは、その層にまだあまりリーチできていないと思います。

一方で、特集した目利きの方を招いて、月に1回、築地でイベントを開いているんですが、そこに参加してくるようなコアな読者たちは非常におもしろがってくれているんです。正直、最初はとっつきにくいんですけれど、イベントではそういうプロの話を目の前で聞ける。会話することで、その店にも行きやすくなる。

今は築地も、昔のように業務筋にだけ売っているという時代ではなくなっていますから、どの店主も「お客さんには相談してきてほしい」と言いますよ。お肉屋さんだったら、たとえばすき焼きをやりたいというとき、儲け第一主義の店なら霜降りの一番高い和牛をすすめてくるかもしれないけれど(笑)、築地でやっているような肉屋は違います。「こっちのほうが脂がのっていてジューシーだけれど、年配の方にはこっちくらいの脂のノリがちょうどいいですよ」とか、「今夜すぐすき焼きをやるんだったら、熟成の進んだこの肉を使ってほしい。ただし今日中に食べてほしい」とか。ベストな肉を出してくれます。それが目利きの仕事だと、彼らは思っていますから。こういう体験を通じて、食に対する興味関心は間違いなく深くなっていくと思います。

「築地に買いものに来てもらいたい」というのは、やっぱり、当初からの目的としてある。それで僕らは、毎号、特集した店で500円分の食材と交換できる券をつけているんです。その券をパスポート代わりに持って、ぜひ皆さん築地へ!と推進しています。それで実際に足を運んでくれるお客さんは、本物のお客さんだと思うので。

■農業漁業は守っていかねばならない「カルチャー」だ

——『築地食べる通信』は、この先にどんなビジョンを描いていますか。社内で理解を得られているというお話でしたが、CSR活動という見方をされているのでしょうか。

yoshizawa-tamotsu-4まず、この冊子単体で収支を合わせていこうとは考えていません。今、『虎ノ門市場』が食の地域ブランディングへ舵を切っていこうとしていますが、実体験なくしては地域に対してなんら提案することもできない。『築地食べる通信』は、「我々は築地の街と協力して、このサービスを始め、街おこしに貢献している」という第一波になり得る新規事業である、という考え方です。我々はコンテンツをつくるところが生業だから、将来的にその生業を活かしたいわけです。だから今は「修行」です(笑)。事業としてのポテンシャルはまだ見えていませんが、少なくとも築地には非常に喜んでもらえています。これからだと思うんです。築地と我々がもっと深く結びついて、新しいビジネスに育っていくのは。

——一方で今、吉澤さん自身は、他地域の創刊希望者を審査する側にも回られています。吉澤さんのところのように、企業内の新規事業としてやってみようという人は、これからも出てくると思いますが、そういう人に向けて、アドバイスはありますか。

僕らのように食で仕事をしていく、地域というテーマで仕事をしていくうえで、「食べる通信」はすごくよい学びになると思いますよ。本業に新しい風を入れたいと思っている企業は、ぜひ積極的に挑戦してみたらいいと思います。コミュニティづくりのような食以外の知見も豊富にありますし、情報発信力も洗練されると思う。最先端のことを同時に学べる修行ですよね。数字は伸びませんが(笑)。

リーグ全体としては、今後「食べる通信」を全国各地に広げていく目標を掲げていますが、僕は、それを資金的な援助を受けてでも果たしていくべきだと思う。日本の農業漁業は今、転換期。待ったなしの状況です。ビジネスではなく、「カルチャー」として守っていくべきです。

創刊希望者が立つのは素晴らしいことです。でもそこから先、採算が合うのか、続けられるのかという不安のなかでみんなやっている。少しでもその負担を減らしてあげる工夫が必要だと思うんです。絶対にいいことをやっているんですから。

——日本食べる通信リーグの役割が、大きくなりそうですね。やりたい人が出てきては、つぶれていくというようなことが起きないようにしないと。

各地域に素晴らしい生産者がたくさんいるのに、季節に1回しか発行できない媒体があるのも、僕はすごく残念なんです。そこで紹介できるのは年に4人。5年やったって20人じゃ、廃れてしまいますよと言いたい。もっとスピードを上げていく仕組みを構築することも、リーグの仕事だと思います。毎月発行できるよう支援したらいいと思うんです、何かしら。

地域の人が、地域のために情報誌をつくることに対して、僕は性善説に基づいて、8割がたOKだと思うんですよ。東京の人が沖縄で創刊したいといったら、それはちょっと「?」ですけれど、沖縄に住んでいる人が沖縄のための食べる通信をつくりたいというのであれば、基本的には何の異論も差し挟みようがない。やってもらうべきです。

方法を見つけたいですね。たとえば送料の問題。冊子と食材を届けるという部分だけを切り取ってみれば、現状は配送業者ばかりが儲かるサービスです。企業とのスポンサーシップのようなものも、あってよいのでは?と。なんらかの手立てをしていくべきですね。

(文・保田さえ子、写真・森崎一寿美)

 

■プロフィール

yoshizawa-tamotsu-prof吉澤有(よしざわ・たもつ)●2000年、テレビ東京に入社。テレビとインターネットを連携させたサービスを手掛ける。2007年に立ち上げたお取り寄せグルメ番組『虎ノ門市場』では、全国各地のこだわりの生産者や料理人を主人公とし、食に対する想いを伝えている。2015年4月、虎ノ門市場の新規事業として『築地食べる通信』を創刊。