簡単に利益は出ないが、純粋にやりたいことが目指せる事業
−−『兵庫食べる通信』編集長・光岡大介


長年、生産者とともに食関連のビジネスに携わってきた光岡大介さんが『兵庫食べる通信』を創刊しました。どのような思いで、『兵庫食べる通信』を制作しているのでしょうか。創刊までの経緯や運営状況、今の思いについて伺いました。

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■やりたいことが見つかるまでの模索

——光岡さんは、『食べる通信』編集長のなかでも、食関連のビジネスに長く携わっていらっしゃるお一人ですね。これまでの経緯について教えてください。

私は佐賀県の田舎出身で、子どもの頃はザリガニやクワガタをつかまえたり、自然の中を駆け回ったりして育ちました。地元の高校を卒業後、関西の大学へ進学しました。

大学時代、多くの方と同じように、人生の目的や意味を考えるようになって、ドストエフスキーやカミュ、カフカの本などを読んでいたんです。大学を1年半休学して、海外へ旅に出ました。

その旅で、忘れられない光景に遭遇しました。私がメキシコのマクドナルドで食事をしていたら、ストリートチルドレンが外で物乞いをしていたんです。たまたま日本に生まれ、食べるものに困らない生活ができている自分と、たまたまそこで生まれ、物乞いをせざるを得ない状況にいる人……。不条理を感じ、人生に迷っていたこともあり「社会の役に立つ人間になりたいな」と実感しました。

帰国後、ベンチャーIT企業だった楽天でアルバイトもしました。今や大企業ですが、当時は創業初期の勢いがあった頃で、創業メンバーはエネルギッシュな方ばかり。「事業を起こして自分の信じる道を突き進む人はかっこいいな!」と刺激を受けました。

——それが「食」の世界とつながったのは、どこだったのですか。

就職前、博多で友達とお茶をしていた時に、友達から有機農業を広める仕事の話を聞いたんです。うちは農家などではありませんし、当時、知り合いの農家さんがいたわけでもありませんでした。でも、自分のなかにあった「社会に貢献したい」と「事業を自分でイチからやってみたい」という気持ちが結びついたんでしょうね。

有機農業ってスゴい!と夜もワクワクしてしまって(笑)、その後もその話が忘れられませんでした。大学卒業後に一度は就職したのですが、ついに抑えきれなくなって、長男が生まれたのを機に東京から慣れ親しんだ関西へ帰りました。2003年、ひらめきと思い込みでオーガニック八百屋を始めたんです。

■過去の失敗から「成り立つ事業」を目指す

——その後は、どうされたのですか。

mitsuoka-daisuke-22005〜2010年までは、ある方と共同でオーガニックカフェ&八百屋を経営しました。その時、ファーマーズマーケットを毎週開催したんです。実際に生産者と出会ってもらう場を提供し、生産者とお客様との関係をつくりたいと考え、非営利で畑にお客様をお連れするツアーなどもしていました。このお店は現在、オーガニックカフェ&ショップ「愛農人(あいのうじん)」として神戸市内で経営しています。

その後は、兵庫県が始めた、有機野菜を広めるためのアンテナショップのマネージャーになりました。県がサポートをするのは3年間と決まっていたため、そのまま継続させるために独立することにしました。2011年にファームアンドカンパニー株式会社を設立し、代表に就任。その年の11月に、アンテナレストラン「野菜ビストロ レギューム」を開業したんです。

——約60名の株主からの出資でつくった会社だそうですね。

実は、株主の3分の1が生産者です。「生産者と一緒にやっていこう」という想いがあったので、生産者は取引先というよりも、一緒に会社を作ったような感じですね。兵庫県有機農業生産出荷組合という組織が母体になっています。

それまでは流通業をしていたのに、飲食店を始めたのには理由があります。特に八百屋などの流通業は、売上をかなり上げないと事業が成り立たないような構造になっているんです。夫婦二人でめいっぱい働いても、一人分くらいの給料にしかなりません。実は、県がサポートしていたアンテナショップも赤字で終わったんです。妻に、かなり迷惑をかけていました。

そこで、次にやるならば事業として成り立つものにしよう! さらに、自分だけでなく、生産者にとっても生業として成り立つビジネスを始めよう!と考えました。「付加価値が高く、そこに来ないと食べられないような料理を提供したい」という気持ちから、飲食店を始めました。私の事業のミッションは、生産者が生業を継続できることと、都会の人に「おいしいつながりのある食事」を提供することの二つです。

飲食業もラクではありませんが、丸4年たち、おかげさまで成り立っています。「愛農人」と「野菜ビストロ レギューム」を合わせれば、年間約1,200万円の兵庫県産の野菜を購入し、使っています。そういう意味では、生産者の野菜を広めることにも少しは貢献できていると思っています。

■ついに『兵庫食べる通信』創刊!

——この10年ほどで、食の宅配サービスやネット販売などが普及しましたが、それについてはどう感じていましたか。

mitsuoka-daisuke-3買う側からすれば、いいものを買いやすくなったので、いいことだと思います。ただしその一方で、それらがサービス業になってしまって、生産者の本当の思いや畑のすばらしさは伝え切れていないなという気持ちがありました。

また、兵庫の農家は多くが小規模農業をしているので、規模の大きな流通業者に出すのには、物量でも値段でも対抗できません。だからこそ、できるだけエンドユーザーに近いところで理解者を増やしたいと思っていました。

ずばり私の最終目標は、生産者のサポーターやファンをつくること、なんです。お店では最初のきっかけとして「地元の野菜っておいしいんだな」と知っていただきたいと思い、メニューに生産者の名前や情報を掲載していました。

おかげさまで、「愛農人」で年間のべ約1万8千人、「野菜ビストロ レギューム」は年間のべ約3万人に来ていただき、ファーストステップになっているとは思います。でも、たとえ10回来店された方であっても、そこからサポーターになるかというと難しいんですよ。生産者から野菜を定期購入するとか、畑ツアーに行くとかって、一般の方にはハードルが高いんです。

つまり、来店されて食事や買い物をする入り口から、ファンになるまでの間のステップがなかったんです。まさにそんな頃、『食べる通信』の存在を知りました。

——『食べる通信』の第一印象はどうでしたか。

2014年5月に創刊した『四国食べる通信』のポン真鍋編集長が知り合いで、その年の秋に、四国で彼からその話を聞いたんです。

『四国食べる通信』は隔月刊ですから、同じ生産者から毎週定期購入をするよりも気軽に入れますし、毎回違う食べものが届くのもいいなと。さらに、私もそれまで販売や接客で生産者のことを伝えようとはしていましたが、『食べる通信』の誌面ほどの情報量は伝えられていませんでした。

「やりたいけれど、できていなかったことができる!」と。実際に『四国食べる通信』や『東北食べる通信』を見て「ここまでのことができたら、本当に喜ばれるだろうな」と、直感で思ったんです。

僕、やりたくなったらやっちゃうんですよ(笑)。やろうと決めて、2015年1月に「食べる通信」のリーグ会議でプレゼンをして無事通過し、7月に創刊しました。

■読者の「生産者のことを知れた」という喜び

——創刊まで、大変だったことはありましたか。

誌面制作の経験がなかったものですから、あまりにも簡単に考えていて、はじめは編集者がいなかったんですよね。つき合いのあるデザイナーさんから「ページ割りとか、どこに何を書くかとか、誰が決めるの?」と聞かれて、「そうか」と(笑)。その後、ライターさんと編集者さんに加わっていただき、チームを作ってスタートしました。仲間集めは重要ですね。

あとは、資金です。『兵庫食べる通信』の場合は、前から目をかけてくださっていた飲食店経営者の小山氏が、出資してくださいました。現在は小山と二人で株式会社兵庫食べる通信の代表を務め、それぞれお金を出しています。

また、制作メンバーは各自が他の仕事を持っていますし、私自身も飲食店の現場に立っているので、時間を捻出することが物理的に大変でしたね。

——宣伝は、どのようにされたのですか。

うちの2店舗や小山が経営する店舗でチラシを配ったり、食のトークイベントや講演などでお話させていただいたりしました。あとはSNSですね。創刊時は読者が125人でしたが、現在は240人です(2016年2月現在)。兵庫を中心とした関西在住の方に、地元のことを知ってほしいという思いがあり、今読者の約8割は関西在住で、そのうち約8割が兵庫県在住です。

退会は驚くほど少ないです。一般的な宅配サービスでは、1年後の継続率が5割程度だそうですが、『兵庫食べる通信』では毎号2〜3%しか退会者がいません。「事前に聞いていたとおりだ、すごい」と感じました。今のところ目標は500人です。

この事業自体は簡単に利益が出る事業ではありません。でも、純粋に私たちのやりたいことが目指せます。生産者を深く知り、そのまま伝える。やりたいことがつまっている事業ですから、取材をはじめ、何をやっていても楽しいですね。

——『兵庫食べる通信』のやりがいとは何でしょうか。

私は毎日「おいしかった」「ごちそうさま」と言っていただける飲食業や小売業をしていますが、『兵庫食べる通信』読者の「生産者のことを知れた」という喜びは、より深いところにあると実感しています。

生産者さんのほうでも、特集に取り上げられたことを喜んで、100冊も買ってくださった方がいました。生産者さんに対しては、一回取り上げて終わりではなく、継続してサポートできるようなことができたらいいなと考えています。

制作メンバーでも、『兵庫食べる通信』の取材で畑に行くうちにハマってしまい、今ではプライベートでお手伝いのために通っている人もいますよ(笑)。

■“生き生きと生きていく人”を増やしたい

——『食べる通信』の創刊を検討している方へ、アドバイスをお願いします。

誌面の制作、読者の獲得、食べものの発送……と、いろいろな知識や実務能力が問われるビジネスです。たとえば、日にち指定をしていただいて発送しても、受け取ってもらえずに荷物が返ってくるなど、想定外のことも起こりました。

まずは仲間を見つけてチームづくりをして、自分たちのしたいことに『食べる通信』が本当にフィットするのならチャレンジしていただきたいですね。その時「損益分岐点は数百部だけど、収益が上がればこうだ」と、すぐに黒字化するシミュレーションをするのではなく、時間がかかることを考慮すべきだと思います。

また、「生産者をどうしたいのか」「生産者と一緒にどうなりたいのか」という観点も重要です。もちろん自分の想いも大切ですが、生産者への愛情をもっていただきたいです。私も以前は生産者がビジネスパートナーで、売り手・買い手という関係でした。でも今は、彼らと同じところに並んだことで、生産者が“食べる人に喜んでもらう”という最高の報酬に向けて一緒に動く「仲間」になりました。

——今後はどのような活動を展開していきたいですか。

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10年ほど前から「人間はどうしたら生き生きとして生きていけるのか」ということに興味があるんです。元気な人と、そうじゃない人っていますよね?

畑にお連れした人を見ていると、自分の命のルーツでもある土に触れ、生きている実感を得て、みなさん元気になる。収穫前の畑にある野菜は、生命力が高くおいしいんです。どんな人も畑に行くと元気になり、心と身体の両方が前向きになります。生きている以上は、元気でいることがすばらしいことだと思います。

だからこそ、作り手と食べる人が出会う場をもっと増やしていきたいですね。生産者を知らないと「値段と量」で判断しがちです。生産者や生産現場のことをどんどん知っていくと、自分から興味をもってイベントに参加したり、手伝いに行ったりして、“良き消費者”になっていきます。多くの方に、生産者や、それを育む自然のことを好きになってほしいなと思います。

(文・小久保よしの、写真・森 一美)

 
■プロフィール
mitsuoka-daisuke-prof光岡大介(みつおか・だいすけ)●1978年、佐賀県生まれ。企業勤務を経て2003年、畑と食卓をつなげる事業を目指し、オーガニックの八百屋を開業。ファーマーズマーケットの開催や産地ツアーなど、畑とテーブルをつなぐ活動も始める。2010年より生産者主体で畑の会員制有機野菜の宅配事業(CSA)を開始。2011年にファームアンドカンパニー株式会社を設立。2013年、有機農家、シェフ、クリエーターがプロデュースする、畑と繋がる食品ブランド「Deliceterre(デリステール)」を発表。現在はオーガニックカフェ&ショップ「愛農人」と、2011年に開業したアンテナレストラン「野菜ビストロ レギューム」を経営。2015年7月に『兵庫食べる通信』を創刊し編集長に就任。


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