東北開墾の"世界を変える冒険"新たなステージへ


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東北開墾の高橋博之です。ガウディの設計図のない未完の最高傑作"サクラダファミリア"は、建築家たちが敵だと思っていた引力を100パーセント味方にするという逆転の発想から生まれました。その根底には、「自然の言うことに従順に耳を傾ける」という姿勢がありました。これは、古来から日本人に備わってきた自然を畏怖するメンタリティーそのものです。私たち東北開墾も、自然をオリジンにする日本人として、今こそオリジンに立ち返り、300年かけて完成されるようなものを世界に生み出したいと考えています。今回、私たちは新たに2名の人材を募集します。まずは以下の檄文をお読みください。

東日本大震災で問われたのは、「人間の力でどうにでもできる」という意思そのものではなかったでしょうか。西欧近代文明とは詰まるところ、人間が自然を支配する、つまりすべては人間の力でどうにでもできるという考え方、生き方、思想が、根底に横たわっていました。しかし、想定外が起こった。人間の力ではどうにもできないことがあるという現実を私たちは突きつけられました。世界が今、直面している気候変動の問題も根は同じです。一方、あのとき、私たちは、被災地には、海という自然に頭を垂れて、自然に打ち勝つのではなく、自然と折り合いをつけながら生きてきた漁師たちがいることを知りました。漁師たちは言いました。「いつも海に食わせてもらってきたから、ぜんぶ持っていかれても仕方がない」。

自分も自然の一部であるから、自然を大切にしなければ、自分も生きられなくなることを知っている彼らは、海と陸を隔てる巨大防潮堤への違和感を口にしていました。すべての命はつながっていて、循環しているという世界観。そして、彼らの世界には、今よりどんどんよくなることにではなく、今年もなんとか生きられたことに対する自然への感謝の気持ちが満ちていました。つまり、持続していくことに価値を見出す暮らしをしていたのです。口下手でも、彼らが言っていること、やっていることは、そういうことでした。自然を徹底的に排除し、自分たちの思い通りにできる、計算できる、予測可能な人工物だけに囲まれて生きてきた私たち都市住民は、彼らの世界に目を見開きました。そこには、限りあるからこそ輝くことができる生命の躍動、そして圧倒的なリアリティがありました。

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世界に目を転じれば、残り7割の途上国の人々が、今まさに私たち先進国の暮らしを目指し、自分たちの思い通りにしようと限りあるエネルギーを大量に消費し、温室効果ガスを撒き散らし、食料を胃袋に流し込み、成長を目指していますが、それを限りある地球という惑星はこの先、許してくれないことは誰の目も明らかです。地球の容量がいっぱいだから、途上国のみなさん、もう少し環境に配慮してゆっくり成長してくださいという理屈は、先にやったもの勝ちという不公平感を生み出し、とても途上国に通じるものではありません。ではどうするか。大量消費文明社会の先頭を走ってきた先進国から生き方を変えるしかありません。それは、「人間の力でどうにでもできる」という意思の改定を、仕方がないという消極的な理由ではなく、自らの意思として選択していくということです。それができるポジションに、日本はあると思います。

堺屋太一さんが最近、産経新聞に「欲ない、夢ない、やる気ない」の3Yが、現代日本の最大の危機だという寄稿をしていました。堺屋さんと言えば、団塊の世代という言葉を世に送り出した人です。戦後の高度経済成長と共に成長した団塊の世代の子どもたち、団塊ジュニアの最後の年に生まれたのが私でした。1974年です。この前年、高度経済成長は終わりました。私は、右肩あがりの価値観を刷り込まれるも、社会にでるときは就職氷河期で、価値観が大きく揺さぶれた世代です。その私たちの子どもたちが今、社会に出始めています。団塊孫世代です。彼らが3Yだと堺屋さんは嘆いているのです。

堺屋さんはこんなエピソードを書いています。あるハガキ名文コンクールに3万9千5百通の応募があったそうです。テーマは、「一言の願い」。5歳から101歳まで応募があり、すべて内向きの願いだった。最も多かったのが「死んだじいちゃん、ばあちゃんに会いたい」、次いで「家族の病気を治してください」、「平和な暮らしが続きますように」。プロサッカー選手になりたい、宇宙飛行士になりたい、青年実業家になって大富豪になりたいという青年はいなかったと、堺屋さんは驚きを持って紹介しています。

この3Y世代は、果たして現代社会の危機なのでしょうか。私は、これまでの人間の思い通りにしようという西欧近代的価値観の先に生まれた新しい世代だと感じます。彼らの多くは、所有すること、競うこと、奪うことよりも、共有すること、助け合うこと、分かち合うことに価値を感じていますが、環境とエネルギーの制約の中で人類がこれから生きていかなければならないことを考えれば、最先端の考え方、生き方と言えます。奪い合えば足りないものも、分かち合えば余る。被災地で、多くの人々が口にしていたことです。私がひとつ気になるのは、「やる気がない」というところです。これはなんとかしたい。そのためには、「欲ない、夢ない」の部分に新しい答えを出すことが大事だと思います。その欲と夢は、これまでの拡大、成長といった価値観の延長線上には生まれません。

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私は、「食」が突破口になると考えています。土と海です。そこで、食べ物を育てる一次産業の世界です。自然界には、人間が解明できないことがまだたくさんあります。センスオブワンダーの世界がそこにはあります。人間の知的好奇心、学びの意欲をかき立てる世界です。そして、自分も自然界の一部であり、生命の循環の中にあることを自覚し、その世界を守り、つなぐことの尊さを学ぶことができます。さらに、命には限りがあることを知ることで、一つひとつの命を慈しむようになります。限りあるからこそ、ただ一度きりの人生を貪るように生きることもできる。命がめぐり、つながっていくという、生命が続けてきた尊い営みの世界をつくるために、知的好奇心を解き放ち、学ぶ意欲をかき立て、貪るように人生を生き抜く人間が、このテクノロジーを駆使する豊かな国に増えれば、人類が持続可能な方向へ舵を切る先駆けとなることができるはずです。だからこそ、子どもから大人まで、多くの人々が都市に暮らしながらも、「食」を通じて、土や海などの自然とつながる回路を持つことが大事なのだと思います。

いくら水や肥料をまいても、土がよくなければよい作物は育ちません。日本、そして世界は今、土から、根底から耕し直さなければならないところにきています。東北開墾は、あの大震災があった東北から、日本を、そして世界を変えようという志を掲げて、大海原に船出しました。これは、新しい世界をつくる冒険です。東北開墾の役割は、平たく言えば、火付け役です。私たちはひとつの場所に現場を持つことはしません。それでは間に合わないからです。一つひとつの現場にいる人間に"気づき"と"行動する勇気"と"共に行動する仲間"をもたらし、どんどん転戦していきます。すでに、東北開墾が生みだした「食べる通信」モデルが全国30地域に広がり、東北でも私たちが「食べる通信」で取り上げた6地域で新たに地域版「食べる通信」が生まれています。また、生産者と消費者で種をつなげる運動なども始まっています。これは、日本発の生きものルネサンスです。
http://taberu.me/post/feature/20160307/589.html

着火した後すぐいなくなるという批判も常に絶えません。しかし、と私は思います。私たちがいなければ続かないような依存モデルはそもそも続かない。そして、そんなペースでやっていては間に合わない、輪も広がらない、と。もちろん、ときに仲間として助け合うこともあるし、支え合うこともるし、連携することもあるけれども、同じビジョンと志の下、それぞれが自主自立しながら役割を果たしあっていくことが最も大切なことだと思います。生産者や消費者など、食べる通信に関わってくれる現場にいる一人ひとりの人間とできるだけ向き合いながらも、世界全体も見据えて大胆に行動する。このバランスをとることはとても難しいことですが、それでも世界を変えるために歩みを止めるわけにいきません。

東北開墾は、新たなステージに入りました。この夏、全国各地の四季折々の食べものを消費者がスマホで簡単に生産者から直接買える新サービスも始めます。私たちは、食べる通信とこの新サービスを推し進めることで、ビジョンの実現を目指します。新たなステージに入るにあたり、人材を2名募集します。私たちのビジョンに共感してくれ、なおかつ、これまで民間企業で営利事業やってガシガシ稼いでいたけどやりがいを感じられず退屈していた、みたいな人に来てもらいたいです。普段はヘラヘラしてるんだけれど、やるときはやる。そんなメリハリがある人が、東北開墾には向いています。真面目な人、体育会系の人にはあまり向いてない職場です。具体的に求める人材の要件については、こちらをごらんください。
http://michinokushigoto.jp/project/9668

東北開墾代表
高橋博之