帯広で生まれ育った私が『北海道食べる通信』を創刊した理由 −−『北海道食べる通信』編集長・林真由

2015年6月、『北海道食べる通信』が創刊されました。立ち上げたのは、北海道帯広市で生まれ育った林真由さん。女性編集長としても注目されている一人です。どのような思いで、『北海道食べる通信』を制作しているのでしょうか。創刊までの経緯や運営状況、今の思いについて伺いました。

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■自分を必要としてくれる仕事を探したい

——林さんは、10、20代の頃には地元をどのように感じていたのですか。

高校生の頃から、「こんな田舎、早く出たい。東京でバリバリ働きたい!」と思っていました。大学から上京して都心に住み、卒業後は大手IT企業で働き始めて、充実した毎日を送っていたので、故郷に帰ろうとはまったく考えませんでした。「おいしい食事は東京にいればできる。帯広には一年に一度帰るだけで充分」なんて思っていたんですよね。

——東京での生活を楽しむなかで、転機があったのでしょうか。

私が社会人3年目、25歳の時です。父が末期がんで、余命半年という宣告を受けました。明日死ぬかもしれないという状況で手術を受けることになったのですが、その直前に私は東京へ帰らなくてはなりませんでした。帰りたくない気持ちはありましたが、「あなたがいても結果は変わらないのだから」と母に諭されて、帰ることになったんです。

帯広空港は、畑に囲まれていて夜は辺りが真っ暗。そこを飛び立って、到着するのはきらびやかな夜景のなかにある羽田空港。それを眺めながら「この灯りの一つとして私に『おかえり』と言ってくれていない気がする……」と感じました。本当に大切な家族を置いて、誰も自分を必要としていないこの街に私は帰ってくる意味があるんだろうか……と。

社会人3年目で、仕事はやりがいがあったんですが、社内でのチーム間コンペに負けたり、チーム移動があったり、社会人としてつらい思いを味わっていた頃で、自分じゃないとできない必要性をそこまで感じられなかったんです。「自分を必要としている仕事を探そう!」と、退社して北海道の実家に帰りました。

■26歳で、レストランの立ち上げを経験

——その後は、新聞社で働かれたのですよね。

はい、約2年帯広にいました。その間、新聞社の新規事業を任されることになりました。それも、東京の人たちに十勝を宣伝するためのレストランです。とはいっても、私は飲食の経験がまったくありませんでした。

それまでは仕事って、上司の指示のもとで動いていればよかったんです。でも、自分が動かないと東京に出店できない。事業計画書の書き方やメニューの原価について勉強したり、ウェイトレスのバイトをしたりして、飲食店のイロハを一生懸命学びました。

——それが今も銀座コリドー街にある「お取り寄せダイニング 十勝屋」ですね。

実は、物件探しも自分でしたんです。東京で飲食店を営んでいる知人に相談したところ、「本当に納得した物件に巡り合うまでは100軒以上は見て回らないとだめだ」と聞いて、長い道のりになるだろうと覚悟をしていたのですが、内見たったの2軒目でいいところを見つけてしまって(笑)。

なんと182倍の倍率だったんですけど、「ここでやりたい!」と思い、担当者に手紙を書いたり、わからないところを聞きに行ったりと、担当者に顔を覚えてもらう努力をしました。その甲斐あってか182店のなかから勝ち抜いて、9年前、今の場所にお店をオープンできたんです。オープンと同時に拠点を東京へ戻しました。

■十勝から北海道へ。『北海道食べる通信』創刊!

——どういった経緯で『北海道食べる通信』を創刊したのでしょうか。

hayashi-mayu-2新しい農業の形に興味があって、あるCSA勉強会に参加した時、『東北食べる通信』のことを知りました。その後、夫に「こんなのあるんだって」と話していたんです。そうしたら、『東松島食べる通信』編集長の太田将司さんと夫が知り合う機会があり、2014年11月頃、夫が太田さんと私を引き合わせてくれたんですよ。

太田さんから、東松島への愛情や『東松島食べる通信』の運営などについて伺って、「私もやりたい!」と思いました。実は、このとき考えたのは『十勝食べる通信』でした。私のアイデンティティは十勝だと実感していたものですから。

それを『北海道食べる通信』にしたのには、二つ理由があります。一つは、ビジネスの観点からです。損益分岐点がどこか、『十勝食べる通信』にどれくらいの人が会員になってくれるのか、試算したんですね。そう考えたら限界が見えて、北海道にすれば広がる可能性があると考えました。

もう一つは、自分がワクワクするかです。十勝については自信があったのですが、北海道にエリアを広げると「自分は知っている」という自信がない。たとえば、利尻と日高の昆布はどう味が違うのか、佐呂間と函館の帆立はどう違うのか。北海道出身なのに、生産物の旬も生産者もわからない。でも逆に、知らないことを考えたらワクワクしてきたんです。十勝という今までの延長線上でやるよりも、北海道へと世界を広げたほうが楽しいだろうなと思いました。

■初めての誌面づくりでダンドリ不足を痛感

——創刊で大変だったことはなんでしょうか?

難しかったのは、16ページの情報誌の制作です。新聞社に所属していましたが、執筆も編集も一切経験がなく、まったくわからなかったんです(笑)。創刊号が完成してから、誌面の端の余白が少なかったとか、反省点がありました。

料理写真も難しかったですね! 基本的にプロに撮ってもらったのですが、写真を撮り忘れて私が撮ったり、撮影用のお肉に火を入れ過ぎてしまったりと、準備不足やダンドリ不足を痛感しました。

また、“食べる通信イズム”みたいなものをどこまで表現するか、考えました。読者に迎合したくはないけれども、従来の食べ通ファンを裏切らないような内容にしたかったので、バランスをとるよう意識しました。

 

——制作のチームづくりはどうしているんですか?

hayashi-mayu-3取材と執筆は私がほとんどを書いていて、文章以外は外注でやっています。北海道在住のデザイナーさんやレシピ開発の方など、毎回いろいろな方にお願いしています。私は拠点が東京にありますが、定期的に行っていて月の半分弱は北海道にいますね。

取材は楽しいです。でも、生産者さんを怒らせてしまったこともありました。私の立場は生産者さんと食べる人のあいだにいる、橋渡しです。でも、生産者さんの世界観や真髄をきちんと理解しないまま、こちらの土俵に引き込もうとしていたんですよね。生産者独自の哲学がそれぞれ違うことに、本当の意味で気がつくことができましたので、それを注意してくださったのはとてもありがたかったですね。

——読者はどのように増やしていったのでしょうか。

創刊の時に、友人や知人に毎日10通、案内メールを書いて送ろうと決めて、それを1ヵ月続けました。「こんなことを始めました」と、合計300人くらいにメールを送ったんです。あとは、情報誌を1000部刷って読者さんに2部ずつ送り、「お知り合いに渡してください」という手紙を添えました。

今の読者数は約500人です(2016年1月現在)。そのうち4割が関東在住で、3割弱が北海道在住。残りはバラバラですね。年度末には650人に増やしたいです。首都圏と道内の読者を増やしていきたいですね。

■『食べる通信』から派生するビジネスに可能性を感じる

——『食べる通信』の活動は、黒字が見込めるものなのでしょうか?

『北海道食べる通信』の制作費は、印刷費は別で50万円くらいです。印刷費は、毎回1000部刷っていて15万円ほど。また、出荷担当の専任スタッフを雇っています。これらの支出から計算して、読者が550〜600人くらいまでいけば黒字が出ると思います。

ただし、べらぼうに儲かるものではない。『食べる通信』だけで儲けの成長戦略をつくることは難しいと思うんです。赤字にはならないけれど、そこから派生するビジネスを生むことのほうに無限の可能性があると考えています。ですから、将来的に生産者さんや地域のマーケティングなどができる会社にしたいと考えています。モニターを集め、新商品のアンケートを集計して生産者さんに提供する活動を始めています。

——『食べる通信』の創刊を検討している人へメッセージをお願いします。

読者の獲得を堅く読んだほうがいいと思います。想像しているよりも“地元”の入会は厳しいからです。なぜなら、応援したい気持ちがあっても、食材は自分で買える環境ですし、地元だから生産者のストーリーを知っている場合もあります。食べ慣れた食材の届く媒体を定期購読するというモチベーションになかなかならないことが多いんですよね。

——今後の予定やビジョンはありますか。

『北海道食べる通信』のコンセプトは、「会いに行きたくなる食物語」です。生産者に会いにいく「おかわりツアー」をコンスタントに開催したいと思っています。また、『北海道食べる通信』を多言語化して、アジア圏に北海道のストーリーを発信していきたいとも考えています。

——林さんが『北海道食べる通信』を通じて伝えていきたいことは、どんなことなのでしょうか。

hayashi-mayu-4以前、友人が十勝に遊びに来てくれて、いろいろなところに案内したことがありました。お気に入りのカフェや景色のきれいなところへ、嬉々として連れて行ったところ、帰りの空港で「こんなにすばらしい土地に生まれるなんて、あなたは神様に選ばれた人だね」って言ってくれたんです。

情勢の厳しい国でも他の先進国でもなく、現代の日本に生まれて。それも北海道で、さらに十勝という、景色もすばらしく食べものもおいしい恵まれたところに生まれたことに、改めて気づかされたんです。選ばれてこの土地に生まれたからこそ、この地域のことをPRしていきたいな、と思えました。

でも、「こんな田舎」「雪は多いし寒い」「ジャガイモしかない」とか(笑)、そんなふうに地元を嘆いている人もいます。『北海道食べる通信』を通じて、「そんなことないよ、あなたは神様に選ばれた一人ですよ」と気づいてもらえたら嬉しいです。地域の食やその魅力、生産者の哲学に触れ、改めて北海道の良さに気づくことができた人は、みんな選ばれた人だと思っています。そして、Facebookで生産者と交流したり、ツアーに参加したりして、北海道の魅力を一緒に体感し、発信していける仲間を増やしたいと思います。

(文・小久保よしの、撮影・髙田 一寿美)

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■プロフィール

hayashi-mayu-prof林真由(はやし・まゆ)●1979年、北海道生まれ。株式会社グリーンストーリープラス代表取締役。ヤフーを経て、2005年より出身地の十勝にある十勝毎日新聞社に勤務。2006年、新規事業として銀座コリドー街に「お取り寄せダイニング 十勝屋」を開店。十勝の食材の魅力やそのストーリーを伝える。そこで得た経験を活かそうと2015年6月『北海道食べる通信』創刊。ジュニア野菜ソムリエ、北海道フードマイスターなどの資格を持つ。


北海道食べる通信

季刊
3,980円(税込)+送料
北海道

食の宝庫、北海道。それは大自然の恵みだけではなく、生産者の努力と信念から作り出された宝物。その思いに触れると思わず“会いに行きたくなる食物語”と共に、まだ知られざる北海道の魅力をお届けします。

運営者情報

株式会社 グリーンストーリープラス
代表者:林真由
連絡先:hokkaido@taberu.me

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