収益化と共に、どう世の中や地域の役に立てるかを考えています
−−『奈良食べる通信』編集長・福吉貴英


古都・奈良から2015年冬に創刊した『奈良食べる通信』は、出版社発の「食べる通信」のさきがけだ。コンサルタント業、飲食業を経て出版業界に転身した福吉貴英編集長(36)は、同じ近畿圏の京都・大阪・兵庫と比較して「地味」と称されがちな奈良のポテンシャルを、農業に見出し、守り立てようとしている。

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■「食と農と観光で奈良を活性化してほしい」

——福吉さんは、現在在籍されている出版社に異業種から転職してこられていますよね。まずはその経緯から教えていただけますか。

はじめは外食産業に強い経営コンサルティング会社に勤めていました。バリバリ金儲けすることを考える仕事で、猛者ばっかりの世界。それこそ名前しか知らない従業員を切るようなこともしましたし、ここでは僕は無理だな、と。そんなときに飲食事業をゼロから立ち上げたいという方に誘っていただいて、転職しました。お客さんと向き合う仕事をしたいという思いがあってそちらへ行ったんですが、店の規模が広がっていくにつれ、結局、お客さんの顔は見えなくなっていったんですよね。再転職を考えるなかで、ヘッドハンティングのエージェント会社に登録をしまして、そこで紹介していただいた会社の一つがここでした。

——株式会社エヌ・アイ・プランニングですね。福吉さんに期待されていたのはどんなことだったのでしょうか。

この会社にはイベント・フラワー・出版の3つの大きな柱があって、出版では、奈良のタウン情報誌『ぱーぷる』などを出しています。そのなかで僕が言われたのは、既存事業とは違う「食と農と観光で奈良を活性化する新規事業」を立ち上げてほしいということでした。今でこそ僕も「バリバリの貨幣経済ではなくて地域のために」なんて語っていますけれど(笑)、当時はまだ、そういう感覚はなかったんです。

DSC_8315小当時、社長の話で印象的だったのが、「奈良は、地方都市の中でまだ可能性を秘めたエリアだ」というもの。同じ近畿圏でも京都には、東京の資本がたくさん入っていて、プレイヤーもたくさんいる。でもこの奈良にはまだプレイヤーがいない。アクセスの面で考えても、新幹線が通っていないから、この先大きな資本が入ってくることもおそらくない市場だと。これから人口が減少していく社会を見据えたとき、大都市のスキームではなく、小さい集団で地域を輝かせていく時代になっていくだろうから、そのプレイヤーにならないか。食と農と観光で奈良を盛り上げることを、福吉のやりたいやり方でやってみないか、という話をしてもらいまして。上場企業のキャリアより、この会社の方が、僕を生かしてもらえるし、僕自身も楽しいやろな、と感じました。

——実際にこの会社で、食のイベントも手がけていらっしゃいますよね。

社長が「奈良フードフェスティバル」という奈良県と共催の食イベントの実行委員を務めていて、2012年から会社が事務局をすることになり、イベント名を「Cu-Cal(クーカル)」から「C’festa(シェフェスタ)」としました。2013年から、僕がその事務局長を引き継ぐことになりまして。このイベントの主題は、シェフの料理で奈良食材をPRすることにあるのですが、まずはこれをきっちり収益化することに集中しようと。

3年間はそこに特化しました。認知度も上がり、規模としても大きくなって、僕のなかでシェフェスタをある程度の完成形まで持っていくことができたのが、昨年秋だったんです。その一方で、生産者と料理人はつながるものの、その先の消費者とどう結びつけるのかというところに課題を感じてもいました。

——そのなかで、「食べる通信」との出会い、創刊決定はどのように進んでいったのですか。

編集長_福吉貴英012014年12月、社内の組織編成で、『ぱーぷる』の編集と、「シェフェスタ」をずっとやってきた源口が僕の部署に来ることになった。大掛さんは、外部パートナーとして「シェフェスタ」のディレクターでもあり、ライターなので文章も書ける。そこで、編集できる源口、文章を書ける大掛さん、そして僕の3人で、新たに農業という分野に向かおう、生産者と消費者をつなげる何かができないか、ということになったんですね。でも、僕ら自身が畑借りて、野菜つくって販売して……ということではないだろうと。

メディアを生かすということで、まず、『ぱーぷる』で「農 meets girl」という連載を始めることにしました。いわゆる農業女子がテーマですね。源口は大阪出身で、若く都会的な女性ですし、まず彼女自身がこれを担当して、僕と大掛さんでバックアップしようと。エヌ・アイ・プランニングという会社として農業に関心を持って発信し始めたのが、この2015年7月の『ぱーぷる』からです。

それと並行して、書く人間、編集できる人間がいるんだからもっと何かできるんじゃないかと集中的にリサーチしていたとき、「食べる通信」をたまたま見つけたんですよ。これ、おもしろいな!と。高橋博之さん(『東北食べる通信』編集長)の講演の映像も見て、わ、熱いな、暑苦しいな、と(笑)。そして、言ってることは正しいなと。僕には、「一次産業で世の中を変えたい」というあそこまで政治家のような思いはなかったんですけど、彼らがやっていることの奈良版を、僕らならできると思った。それで、すぐに事務局に連絡させてもらったのが最初です。

——福吉さんご自身のなかに、農の世界に対する個人的な関心はもともとあったのですか。

僕のなかで個人的に持っていた将来の夢というのは、わかりやすくいうとペンションの経営。コミュニティの中に宿泊施設をつくって、料理出して、町の人に野菜つくってもらって仲良くなって、町のデザイナーに店のロゴつくってもらって……みたいな、今流行りのようなことをずっと昔からやりたかったんですよ。だから、自分が生産する関心というよりは、いろんな生産者と仲良くなりたいなぁという思いは持っていました。でも、農業に詳しかったかというと、全然で。それこそ家庭菜園の本を買うところからでした(笑)。

——『奈良食べる通信』をビジネスとして考えたとき、どうですか。ビジネスの世界でバリバリやってこられた福吉さんには、「食べる通信」が決して儲かるビジネスではないことは、すぐわかったと思うんです。それでも創刊しようとしたわけですよね。個人の思いの活動ではなく、一企業の事業であるにも関わらず、実現できた理由は何だったのでしょう。

DSC_2456理由は二つあります。まず一つは、ソーシャル的なことに関心を持ち始めていた。会社としても、個人としてもです。たとえば、お金的な豊かさはすでにあって、小さな地域ですから名も知れていて、自分の欲しいものをある程度得ている人が今、何をやっているかというと、社会貢献の活動をボランティアでやっているんですよね。社長もまた、そういうことに意識が高く、入社して最初の1年間行動を共にしたことで、いわゆるソーシャル系の団体の人たちに接するようになった。最初のうちは、正直「なんなんだろう」という気持ちだった。世の中を変えたい、お金じゃなくて思いだ、とか言う団体に限ってお金に困っていたりもするし。でも接し続けるうちに、「世の中ってこうやって変わっていくんじゃないか」と思い始めたんです。お金だけの価値じゃないことを、僕もようやく34、35歳くらいになって気づいたんですね。

あともう一つ。僕らの会社は、別に「食べる通信」で儲けたいわけではない。そもそも会社がこれまでやってきた「この地域で、この地域のために情報発信すること」自体がソーシャルな活動やと思うんですよ。そういう会社だからチャレンジさせてもらえたというのもあります。僕は編集長をやりながら、これをどう収益化するかと共に、どう世の中の人の役に立つ、奈良という地域の役に立つ形にしていけるか、という考え方もするようにしています。

■「奈良の人に、奈良を知ってもらう」価値

——実際に創刊して、読者のもとにこのサービスが届いて、得られた手応えはどうですか。

予想以上でした。読者はもちろん、むしろ周囲の人たちが熱い。奈良での地域貢献においては先輩にあたる方から「自分らがやりたいと思ってきたことを代わりにやってくれた」と言っていただいたり。「めっちゃ応援してるで」という声をすごく聞きます。世の中に待たれていた、必要とされている、そういう実感がすごくあるんです。

フェイスブックページにしても、「シェフェスタ」や『ぱーぷる』に比べて“いいね!”の数はまだ少ないですけれど、一つの記事に対する返信の率は、めちゃめちゃ高い。「濃い」んですよね。それを数字でも、仕事のオファーでも感じるから、お金じゃなくて、これは僕らじゃないとでけへんし、僕がやらなければ、という使命を持ってやっています。「ここまでやる必要あるんかな」と思う部分も、ないわけではないですが、大掛さんと源口に言っているのは「絶対にいいものつくろう」と。特に僕らは、出版社としては今のところ唯一の「食べる通信」だから、食材のキラキラ度合いでは他に負けるかもしれないけれど、誌面のキラキラ度合いは、絶対に負けたくない。

ただ、『ぱーぷる』は4万部発行していますが、『奈良食べる通信』は、数百人にしか読んでいただけていないのが、切ないですね。ページ作りにとことん労力をかけているし、本来たくさんの人に情報発信をできる会社なのに……というジレンマはあります。

——「絶対にいいものをつくる」。その質を高めるために何を大事にしていますか。

特集する生産者の現場取材には、必ず全員で行っています。わかっていなければ、他のページをつくるにしても、それを反映できないから。究極、僕が行かなくてもつくれるんですよ。僕がすべて書くわけではないから。でもチェックできないでしょ。ここはこの表現でいいのかとか、ここを僕はこう感じたとか、言えない。いろんな意味でコストはかかっていますが、そこを僕らがあきらめずにどこまでやり続けられるかだと思うんです。ほんまは分業したいですよ。「行っておいて」って言えたらいいけれど、そこはちゃうな、と。

——現在、実際に読者になってくれているのはどのような方が多いですか。

IMG_3659小創刊号で140人くらいでしたが、ざっくり7割5分くらいが奈良県内の方ですね。最初、僕らには「奈良を外に発信したい」思いがあって、東京の読者が多くなればうれしいと思っていたんですけれど、考え方をちょっと変えてみたんです。奈良の人に、奈良の生産者を知ってもらおうと。奈良って、関西のなかでは地位が低く見られるというか……。それを自虐的に認めてしまうところもあるんですよ。

でも僕は、外から奈良に来ているので、奈良のものっておいしいし、思いを持った生産者がいるし、実は東京や外国など、外の人からも評価されているってことを感じている。今の僕らだったら奈良の人たちに対しても発信できるし、やりたいなと思っています。

■味は当然。サービスも飽和。最後はストーリー

——中の人たちとはどうつながっていくお考えですか。

「シェフェスタ」を続けてきたこともあって、僕らが強いのは飲食店とのつながりだから、次はそういう人たちに僕らの思いを伝えるプロモーションをしたい。それで食材を気に入ってもらえたら、その生産者さんを紹介して、継続的に買い支えてもらいたいですね。実際に畑に来て、生産の現場を見て、レストランで使って、シェフがわかったうえで料理してくれて、それをメニューに書いたり、お客さんに説明してくれたら、裾野がすごく広がります。

DSC_7665奈良は盆地で、山間地域が多く、大規模農業ができる土地はそれほどないから、少量多品目でやっている農家のほうが多い。鶏ひとつとっても、たとえば徳島の阿波尾鶏みたいに大量に育てていたりするのと比べると、生産量が限りなく少ない。小規模である難しさはあるんですが、「食べる通信」のやり方は、一般消費者だけでなく、飲食店にも非常にマッチしています。どーんと市場に卸す、百貨店に出すことには向かないですけれど、興味のある料理人に向けてピンポイントで情報発信することには向いていると思います。

——真に生産現場を知った飲食店がどう変わるのか。可能性がありそうですね。

レストランってわざわざ高いお金を払って、そこに足を運ばせようと考えたら、味がおいしくて、サービスがいいのは当然。最後はストーリーだと思うんですよ。生産者のことをどれだけ知っているか。その食材をどれだけ知っているか。それを伝える力が今、レストラン業界では求められていて、感度の高い経営者やシェフは、マルシェや畑に行ってつながろうとしている。でも彼らも、僕らが取材しているほどの深い話は知らない。僕らが代わりに引き出して、読んでもらう。「一緒に行きたい」と言ってくれる人はめっちゃいるので、同行してもらってもいい。いずれ、僕らがきちんとアテンドして、飲食店がスタッフの教育や福利厚生の一貫として畑を訪ねるような形にもできるかもしれない。

人をつなげるマッチングと、ストーリーをつなげるマッチング。僕らがこれからできるのはそこかな、と思っています。

■数字だけを追いかけていていいのか

——今、「日本食べる通信リーグ」という組織のなかで他の編集部や編集長とつながっている魅力や強味、逆に限界を感じる部分などはありますか。

先日、社内の人間から補助金の資料を渡されたんですね。『奈良食べる通信』として申請できるんちゃいます?と。でも、僕、そういうの本当によくわからなくて、リーグの編集長たち限定のFacebookグループページに投げかけてみたんですよ。そうしたら、ここが大変だとか、ああやこうやとアドバイスしてくれる人がいて。そういう情報共有、情報開示は本当に助かります。ああ、僕も開示していかなあかんな、と思いました。心強いですよね、仲間でありライバルですから。

リーグには、収益を生み出す仕組みづくりをやってほしいと願っています。でも逆に難しいのは、リーグに入れば儲かるビジネスモデルになると、想いがないのにあるふりをして、マネタイズだけが目的の人が入ってきてしまうだろうな、と。注目されればされるほど、そういう難しさは出てきますよね

——出版業界がこれだけ厳しい時代ですから、今後も奈良と同じように、出版社が新たな収益化を模索して創刊を希望する例は続くと思います。福吉さんから見て、「制作経験はあるにしても、ここは最低限必要では」という要素として考えられるものはありますか。

DSC_3855うーん、心やと思いますよ。想い。見えないですけれどね。大きい企業が創刊に手を挙げたとき、想いのない人がやってたらめっちゃビジネス寄りになるやろうけど、そこに編集長の想いがあれば成功すると思います。自分でいうのも変ですけど、僕らのケースはレアだと思うんですよ。なかなか収益化しないようなものに対して、経営者側は普通はイエスと言わない。やらせてくれないと思うんですよ。そんなことよりも、売れる本を作れ、既刊本をもっと売れるように考えろと。

——よほど上に想いがあるか、会社としてCSRと位置づけてやるか。

僕らも、これをやるってなったときには幹部会にかけましたけど、社長の口から「ぜひ、やろう」と。儲からないかもしれないという話はもちろんしましたが、それはいいと。その代わり、ちゃんと収益化する方法も考えておけとは言われましたけれど、そこは僕が責任を持ってやります、という形で通しました。

2015_12月号表紙

僕らは創刊号で、ごぼうを特集した。その理由はいろいろありますけれど、ひとつは「モノで釣られるお客さんはいらない」から。創刊号で豪華食材を取り上げて、それに釣られて入ったお客さんは、その後の食材に満足しないとやめるんじゃないかと。でも、ごぼうで入った人はやめないと思うんですよ。やっぱり社内でも言われましたよ、「他はキラキラした食材やのに、何でうちはごぼうやねん」って。いや、「そこがわかっていないところがまだまだですね」って僕は言いましたけれど(笑)。「あえてごぼうなんですよ」と。

——実際、ごぼうを届けてみて、反応はどうでしたか。

すごくよかったです。文句はほとんどないし、もちろん、ごぼうだからとやめる人もいない。むしろ、「ごぼうなんてみんな同じでしょ」から入るからこそ、届いた後の反応がめっちゃいい。2号目は鶏肉で、それでまた申し込みが増えていますが、どうなっていくか。

——具体的には、購読者数は何人くらいまで伸びることが望ましいですか。

ビジネス的には1,000人達成が望ましいんですけれど、1,000人分の食材を用意できる生産者ってそうはいないんですよね。取り上げたい、いい生産者がいても、僕らがあきらめなあかんことを考えると、数字を追いかけるかどうかは悩ましいところです。序盤の号には僕らとのつながりの濃い、絶対に出てほしい生産者さんたちに出てもらうことが決まっていて。読者は少ないけれど、少ないからこそやってもらえている。

数字を追いかけ始めたら、言い方はあれですけれど、薄まると思います、いろんな質が。あくまで「食べる通信」が中心ではありますけれど、「食べる通信」だけで完結して、大きくしていこうとすると薄まるはず。それを柱にして、どれだけ横展開なのか縦展開なのかはわかりませんが、広げられるかがミソかな。もちろん、せっかくつくったコンテンツを、より多くの人に知ってもらいたい気持ちも強いですけどね。そこはまだ、答えは出さず模索しているところです。

(文・保田さえ子、写真・大掛達也)

 

■プロフィール

編集長_福吉貴英02福吉貴英(ふくよし・たかひで)●1979年、京都府生まれ。コンサルティング会社勤務、飲食店勤務を経て、2013年6月に奈良の出版社・株式会社エヌ・アイ・プランニングに入社。15年12月に同社より『奈良食べる通信』創刊。