揃いも揃って素人。でも感性豊かなメンバーが集まった
−−『そうま食べる通信』共同編集長・菊地基文


既刊の『食べる通信』のうち唯一のダブル編集長体制をとっているのが、2015年秋に創刊された『そうま食べる通信』。その一人、漁師の菊地基文さん(39)は、原発事故の影響によって本業は試験操業のみに限られるという苦境にあるが、持ち前の“おもしろがり”の精神で、プロ不在の編集部と誌面の闊達な雰囲気を支えている。

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■感性豊かなメンバーがそろった。これはおもしれえかな

——『そうま食べる通信』創刊のそもそもの始まりは、『東北食べる通信』2013年9月号で菊地さんご自身が特集されたことですよね。どんな感触でしたか。

最初に俺と高橋博之さん(『東北食べる通信』編集長)を引き合わせたのは広宣(『そうま食べる通信』共同編集長の小幡広宣さん)です。しばらくして『東北食べる通信』を創刊するから9月号を飾ってくれと言われて。俺たちが商品化しようとしていた「どんこのつみれ」を特集してもらいました。で、ご迷惑をおかけした。前代未聞の2ヵ月遅れ(*)。

でも『東北食べる通信』の購読者の人たちはすごかったです。「自然相手のことだから」と言って誰ひとり遅れを責めなかった。それに甘えさせてもらっての2ヵ月遅れでした。

:つみれの材料となる三陸産のどんこの水揚げが大幅に遅れたため、9月号発送が11月に延期される事態となった)

——特集される側の生産者としてそんな騒動も経験してから2年後、自分たちも創刊しようとなるまでの間、菊地さんのなかではどういう心の動きがあったのですか?

kikuchi-motofumi-2いや、そこはまず俺ではなく、飯塚哲生(『そうま食べる通信』編集部員。菊地さんと共同で「どんこのつみれ」を商品化した鮮魚仲買人)です。あいつが、仙台で行われた『東北食べる通信』のイベントにもぐり込んだんですよ。で、各地で『食べる通信』をつくりたいっていう人たちの話を聞いてきて、「やりたいんですよねえ」と言い出して。

それ聞いて、やれるな、とは思ったんです。ただ俺自身は、自分でいろんな仕事やってっから、できねえなと。で、2014年のクリスマスかな、高橋さんがうちにひょっこり遊びに来て、哲生とかも呼んで飲んでいるとき、「広宣を編集長に立ててやっか!」という話になった。広宣は高橋さんに心酔してるから(笑)、高橋さんから直接声かけてもらおうとしたんだけれどタイミング合わなくて。俺から「あとのことは俺らがやっから。協力してやっから、おまえ編集長で『食べる通信』やっぺ」と話したら、あいつも「わかった、やるよ」って。そこからメンバーを集めたんです。でもまあ揃いも揃って素人で(笑)。

ただ、感性豊かなメンバーが揃ったから、これはおもしれえかなと思った。それでスタート切るはずだったんですけれどね、あるとき広宣がひょこっと来て、「編集長自信ねえ」って言うんです。俺に共同編集長になってほしいと。それで俺は「お前がやりやすいんだったらそれでいい。ただ俺は何もしないよ」と言ったんです。お前が書く原稿、つまらないときはつまらないって言うよって。あいつ、それでいいっていうから、じゃあ共同編集長で始めようということになったんです。俺は名ばかりの編集長。

——実際にその体制で、漁師の高橋一泰さんを特集した創刊号をつくりました。どうでしたか。

広宣が文を書いたんですけれど、ああいう熱さ前面押しな文、読みたくねえっすよ(笑)。俺個人としては、好きな文ではなかった。でもね、中身はすげえいいと思った。だから俺の役割は、あいつなりの文章をよくしてやること。きちんと文句言うというか。俺が言わねえと、下のやつらも気を遣ってあんまり物言わなくなるかなと思って。「もっちゃん(菊地さん)がこんなこと言ってるんだから、俺も言っていいんだ」となればいい。そのあと一回酒飲めば、わだかまりも次の日にはすぱっと無くなってっから。

あとはもう、俺が担当するのはレシピページしかなかった。レシピ、ふざけようがないですよ。ノーふざけです。書いていて震えがきましたもん(笑)。

——小幡さんにも取材したところ「これも基文のアイデア」という話がかなりたくさん出てきました。次号予告の写真の見せ方やシールのデザイン、現地の旅館で使えるクーポン……。

アイデアしか出していないです。あとは文句言って、へらへらしてる。

■飲んで、仲良くなって、チクッと書く

現状、広宣はしんどいと思うんですよ。内部からダメ出しされる立場だから。でもやっぱり、やっていておもしろいことがいっぱいあるから、あいつもそういうことはすぐ忘れる(笑)。

 ——小幡さん自身、編集長の役目はとても大変だけれど、生産者さんに会いに行って、話を聞くこと自体はすごく楽しいとおっしゃっていました。

俺、他の編集長はどんな風に書いているのかなあと思って、ちょっと読んだんです。『東松島食べる通信』の太田さんの文とか、チクッとしたところがあっていいですよね。それと違って、いくらその生産者に惚れ込んでいても、淡々と書かれると、読む側はすげえつまんないなと思った。

だから俺、広宣には言っています。時間あったら生産者のところ行って、すげえ仲良くなって、酒も飲みに行ったりするくらいになんねえとダメだって。そうじゃないと太田さんみたいには書けねえからって。今はあいつ、すげえ足運んでますよ。

■「おもしろい」と思わせることしか、俺は考えない

——そもそも相馬から『食べる通信』を出したいと思ったわけはどこにあったのですか。

kikuchi-motofumi-3何かおもしろいことができると思ったから。ここは漁業の町で、震災前まではPRができていなかった。今は自分も(試験操業中で)陸にいる時間が多いし、やりたい人間が他にもいたから、あ、これは自分たちでもおもしろいPRをできるなと思った

基本的に俺は「一緒にやったら絶対おもしろい」という風にしか思わせないタイプ。何かやろうって熱く訴えかけるだけだと、時間が経ったとき、絶対にしんどくなるんですよ。がんばっぺ、がんばっぺだけではもたない。一緒にやるやつに「おもしろい」と思わせることしか、俺は考えないです。今、漁協の青壮年部っていう組織で部長をやってるんですけれど、あっちもそう。年に数回、上から言われたところにPRに行くだけだともったいねえなと。この際、職権乱用しておもしれえことやりたいなと思って、今はほぼ毎週、持ち回りでいろんなところにPRに行っているの。で、俺と一緒に行った人間が「おもしれえ」って土産話を持って帰ると、絶対こいつはこんなことしねーべ、ってやつもついてくるようになるんですよ。それが、うれしいっちゃうれしい。

それは『食べる通信』も同じ。やっている人間がおもしろければ、ストレスにならなければ、絶対に続くじゃないですか。

■究極は「お父ちゃんこんなことしててすげえな」

kikuchi-motofumi-4広宣は、人のため、相馬のためってところをすごく大事にしてやっているけれど、俺は、究極言ったら「うちのため」なんです。「お父ちゃんいっつもいない。お父ちゃんってなんだべ」じゃなくて、「お父ちゃん、こんなことしててすげえな」っていうのが理想。クラスを楽しませようとか、そんな発想(笑)。

最初は俺ら、すげえ笑われたんです。同じ漁業者から「何やってるんだあいつら」って。でもそういうのに構わないで、「いや、おもしれえんだ」ってやっていたら、それがだんだん、じわじわ大きくなっていく。言ってた人間もいつの間にか混ざってる。

俺、基本的におもしれえことしか考えていない。中学のときからずっと、布団に入ったら「不思議」を考えています。「なんで便所の水って全部左回りに流れるんだろう」とか「恐竜って本当に氷河期で死んだのか。本当はもっと強いやつに全部食われちゃったんじゃねえか」とか(笑)。それやってると、日常生活のなかで、おもしれえことがぽっと思い浮かぶことがあるんです。これと、このあいだ考えたこれをくっつければすごくいいんじゃねえか……とかね。誌面のデザインをするのに、ここに何載せればいいんだとか、そういうときにもぽっと出てきたりするんすよ。と、俺は勝手に思っている。だって、ずーっとそんなことやってきたから。

■VS企画、おもしろくないですか?

最初に『食べる通信』をつくるうえで、“相馬の色”でやりてえなと思った。相馬らしさというか、俺ららしさですね。創刊前、ひととおり他の『食べる通信』を見せてもらったんです。ここは地形に特徴あるから、それを活かして誌面つくったらおもしれえのにな、とか俺なりに思いながら。なんかね、みんなでただ『食べる通信』を創刊するだけっていうのはどうなのかな、と思って。そういう意味で、うちはプロを入れなかったのがよかった気がしている。

俺、広宣を介して、日本食べる通信リーグの事務局に聞いたんですよ。「『食べる通信』の誌面につけるのは、食べものだけじゃなきゃだめなのか」って。食べものと同じように、工芸品だって全国各地にある。ここには相馬駒焼っていう焼き物があります。読者の人に、料理した食材をその器にのっけてくださいとか、そういうのどうかなあと思って。

——おもしろいですね。「相馬が何かおもしろいことやっている」という空気が、全国の他の『食べる通信』編集部にも伝播していくとよいですよね。今も全国各地から創刊したいと声が上がっていますが、それに対して思うところはありますか。

おおもとの『東北食べる通信』をベースにしてつくるのでも、俺たちみたいに自分たちがおもしろいと思うことを独自に形にするんでも、どっちもできるっていう意味では、この『食べる通信』って敷居が低いと思う。だから、とりあえずやったほうがいい。鉄は熱の冷めないうちに打ったほうがいい。最初は、自分たちが出せるクオリティは100のうち1くらいと思ってやればいいんですよ。継続していく思いがあるなら、自分たちでどんどんいいものにしていけばいい。

あと俺は、他の『食べる通信』とVS企画みたいのやりたいと思って。どこかの『食べる通信』と一緒にテーマを立てて、ページは各々がつくるんだけれど、それが対決の構図になっているとか。おもしろくないですか?

——いいですね! これから地域が広がっていくと、同じ季節に2誌、3誌で同じ食材を特集するパターンも出てくるでしょうから、対決企画は盛り上がりそうです。

同じ食材の生産者なら、互いに行ったり来たりさせたら勉強にもなると思うんだよね。そこは、俺ら編集部で台本つくって一回ケンカさせておいて(笑)。冊子が出たら夕日に向かって手をつないで“FIN”とかね!

(文・保田さえ子)
 

■プロフィール

kikuchi-motofumi-prof菊地基文(きくち・もとふみ)●1976年、福島県相馬市出身。沖合底引き網漁船「清昭丸」の漁師。2011年3月の原発事故の影響により、漁は現在も試験操業に限定されている。2015年10月に『そうま食べる通信』を創刊し、共同編集長に就任。