漁師は泥棒稼業

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畠山重篤(72)/ 宮城県気仙沼市 / 漁師 / 牡蠣

三陸は、日本の宝にとどまらず、世界の宝。なぜか。その理由がこの人です。

三陸復興の精神的支柱と言ってもいいかもしれない気仙沼市唐桑の牡蠣じいさん、畠山重篤さんに会って、話を聞いてきました。サンタクロースのように立派なヒゲをたくわえたその顔で、漁師は泥棒稼業だと言い、のっけから面食らいました。

「漁業は、餌も肥料もいらない。養殖漁業も漁船漁業もただとってくるだけ。子どもに泥棒と同じだと言われた。うまいこと言うもんだ。泥棒稼業だから、山に木を植える。山が貧しくなれば、海でとれるものもの減るから」

なぜ、山と海がつながるのか。

森林の腐葉土層でつくられたフルボ酸鉄という鉄分が川から海に運ばれることで、植物プランクトンが増えます。これが牡蠣の餌となります。なので、牡蠣の養殖場は世界中どこも川が海に入り込む気水域にあります。しかし、近代化を通じ、川の流域では、河口堰、ダム、生活排水、工業廃水、農薬、除草剤、森林破壊などが続き、海が貧しくなりました。30年前、畠山さんが暮らす気仙沼湾も赤潮にまみれ、海はひん死の状態に。こうなると、牡蠣やホタテは育ちません。

そこで、畠山さんは25年前に山に植林する活動「森は海の恋人」を始め、毎年継続してきました。今ではおよそ1500人が全国各地から訪れる三陸を代表する行事になっています。

先日、『津波てんでんこ』には、「津波がひいたらすぐ海に行け」という続きがあることを紹介しましたが、畠山さんもやはり同じようなことを言っていました。

「津波の後は海がよくなることを昔ながらの漁師はみんな知っている。海の中は今、海藻がわさわさ育ち、ジャングルだ。通常、11月に海に入れたホタテの稚貝は翌年のお盆過ぎから売れるようになるんだが、今年は4月から売っている。海とはそういうものだ」。

牡蠣の育ちも震災前の倍になっていました。チリ地震津波のときも同じだったそうです。津波の後は、海産物の生育が倍のスピードにあがる。何年かはこの状態が続く、そう断言しました。そのことを理解している3人の息子たち(いずれも漁師)はいち早く、養殖の復旧に取り組み、今年一年それぞれ一千万円近くの水揚げで、すでに投資の元がとれたそうです。「家よりも何もまず海に向かった息子たちは賢かった」。

なぜ、津波の後は海が豊かになるのか。これまでの私の認識は間違っていました。海底に堆積していたヘドロは、窒素やリンなど、言わば肥料のかたまり。それがかきあげられ、海中に拡散した。つまり、牡蠣やホタテが食べる栄養分が増えたことが理由だということでした。

山の状態に加え、こうして海の状態も牡蠣などの水産物の成長に大きな影響を与えます。三陸の海が豊かなのは、ロシアのアムール川から千島列島を通って、鉄分が豊富に運ばれてくるからだと、強調していました。世界は海でつながっている。だから、ロシアや中国にもこういう活動を広げないと、将来、三陸の海は貧しくなると考え、ハバロスクで植林活動を始めるそうです。

近年、世界のあちこちの海で、異変が起こり始めています。ナイル川にアスワンハイダムができたら、地中海のいわし漁師が3万人失業した。アマゾン川の河口は世界一エビがとれるところだが、上流部で開発が進み、エビ漁がおかしくなっている。フランスでは畜産公害で海の牡蠣が死んでいる。川を止めると海がやせる、除草剤から農薬まですべてのしわ寄せが最後は海にくることの表れだと指摘します。

そうして、『カキじいさんとしげぼう』という自ら書いた絵本の中国語版、ロシア語版、英語版をつくって、普及させようとしていました。これは世界に通じる普遍的な価値と言えます。こうした活動が世界的に評価され、昨年、国連で表彰を受けています。

また、2004年には宮澤賢治イーハトーブ賞も受賞しています。受賞理由がふるっています。「もし賢治が漁師だったら、あなたと同じ発想であなたと同じことをやっただろう」。賢治が農村の側から見たことを、畠山さんは海側から見て、実践したわけです。

畠山さんは、命はみんなつながっていて、みんなで海を豊かにすればみんながその恩恵に預かることができると考えています。

「森が豊かになり、川がきれいになり、海の力が引き出されれば、水産物がたくさんとれるようになり、値段が下がる。そうなれば、魚の消費が伸びる。魚を食えば、必然的にご飯を食べる量も増える。例えば、一貫500円の寿司があったとすると、通常、だいたいシャリ代は10円、ネタ代が490円。だから、海が豊かになれば、寿司なんか半値でいい。みんなが寿司屋のカウンターで食べれるようになり、行く回数も増える。漁師もよくなり、農家もよくなり、消費者にとってもいい。流域全体がよくなっていく」。

畠山さんが訴えていること、これまでやってきたことは、近代に対するある種のアンチテーゼだったように思います。科学技術の進歩によって、人間は自然をコントールし、支配できると錯覚してきました。 詰まるところ、人間中心の西洋近代文明とはそういうものではなかったでしょうか。結局、人間とは何か、命とは何かということが問われています。

牡蠣の筏が浮かぶ唐桑湾を背後に、牡蠣じいさんは最後にこう言いました。

「こういう発想までできるところ、こういう哲学を発信できる力があるところが三陸。モデルケースをつくれば、世界に貢献できる」。

牡蠣じいさんは、陸と海を隔てる巨大防潮堤の建設にも反対しています。

東北食べる通信編集長 高橋博之


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