秋田のぬかるんだ田んぼで起きた小さな革命


奇跡①

今、秋田のぬかるんだ田んぼを舞台に小さな革命がおきている。

ちょうど一年前、東北食べる通信で秋田県潟上市の農家、菊地晃生さんを特集した。私と同じ年齢でイケメンの彼は、あえて田んぼを耕さない不耕起栽培という農法で人間と自然に優しいお米をつくっていた。菊地さんの半生、哲学、世界観、生産現場での創意工夫や苦労、そして感動を書いた物語と一緒に、お米を読者にお届けした。読者は血の通ったひとりの農家の生き様にふれ、その後、SNSでコミュニケーションを交わし、交流した。

あれから一年。つい先日、菊地さんは奈落の底に落ちた。長雨続きに加え、田んぼから水を抜くタイミングを誤り、田んぼは田植えのときのようなぬかるんだ状態になった。ちょうど稲刈りの時期で、コンバインを入れてみたら、まったく前に進まない。奥さんと小さな子どもふたりの家族4人総出で手刈りしても、例年の10分の1しか刈り取ることができない。絶望しかけた菊地さんが見出だした方法はシンプルだった。人に頼ること。

菊地さんはFacebookでこの窮状を伝え、手伝いに来てほしいと懇願した。900人が登録している食べる通信読者グループにも投稿し、呼びかけた。そうしたところ、読者をはじめとする都市住民が続々と現地に駆けつけ、裸足で田んぼに入って、手刈りを始めた。その数、延べ200人。中には関西から飛んできた読者もいた。食べる通信で特集した他の農家や漁師も炊き出し用にと食材を次々現地に送り、それを読者が調理し、みんなで輪になって食べた。

野球場の広さにあたるおよそ1ヘクタールの農地はまもなくすべて人力によって稲刈りが終わろうとしている。菊地さんは私にこうメッセージを送ってきた。「田んぼに突然次元の違う穴があき、そこからものすごい風が吹き込んできた」。私が日頃言っている“都市と地方をかき混ぜる”とは、生産者と消費者の間にある垣根を取り払うことなんだと改めて思った。そうなれば、生産者は私たちの代わりに食べものをつくってくれている大切な存在になる。

私たちはお金で食べものを買うようになって、「食べる」ということの本来の意味を忘れかけていないだろうか。「食べる」ということは、「食べものをつくる」ということと同じなのだ。交換可能な「お金」と「食べ物」という貧しい関係性から抜け出し、交換不可能な「つくる人」と「食べる人」という豊かな関係性に戻すことで、生産者と消費者は共に元気を交換できる仲間になれるということを、菊地さんは今回、みんなと一緒に証明した。

そして、今回起きた出来事は、実はこの3年間、被災地で起きてきたことと同じだということに気づかされる。私は、震災という緊急時に生まれた都市と地方の支え合いから、両者が交わることでそれぞれ“生きる力”を高められることを学んだ。ならば、同じことを日常時でも全国各地の農山漁村と都市の間で起せないだろうかと考えた。そのとき、食が一番分かりやすいと思った。なぜなら、誰もが一日3回やることで、食べる人は都市にいて、つくる人は地方にいるのだから。

この秋田の奇跡をみんなで日本中に広げていきたいと思う。